[
掲示板に戻る
]
過去ログ
0045
0044
0043
0042
0041
0040
0039
0038
0037
0036
0035
0034
0033
0032
0031
0030
0029
0028
0027
0026
0025
0024
0023
0022
0021
0020
0019
0018
0017
0016
0015
0014
0013
0012
0011
0010
0009
0008
0007
0006
0005
0004
0003
0002
0001
キーワード
条件
AND
OR
表示
10件
15件
20件
25件
30件
[
17996
]
井堀ができる前
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/21(月) 12:20
井堀信号所が出来る前は、日暮里で本線と客操を振り分けていました。
手前が客操車へ行く回送線で、信号は普段は黄色で、稀に青黄のときがあり、82系の特急つばさが高速で回送されたことを覚えています。黄色と青黄の違いは、到着線の関係だと50年以上思ってきましたが、客車の推進と、気動車の違いだと、最近気がつきました。
井堀は大人の鉄ファンもいて、車両番号のローテーションを調べている人などがいました。その人から「まみこだま型」の話を聞き、ずっと放置していました。
井堀からは、常磐線の車体上部が見えました。はつかりが走っている、と小学校同級生と話したのを覚えています。
[
17995
]
489系、福井駅
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/19(土) 18:40
「つばさ」用に一時流用したか、除雪車の連結に便利なように自連にしたか。
ところで151はこだま型、161はとき型、481はまみこだま型と呼ぶ話を聞いたことがありますが、皆さん聞いたことがありますか。
<2168>で背後に客車が。南福井ではなく福井に、と一瞬思いましたが、折返しを留置しただけでしょうね。
[
17994
]
連結器カバーのない「雷鳥」
投稿者:
6181
投稿日:2025/07/18(金) 23:46
<2170>の先頭車ですが、
ジャンパ栓と自連開放テコがあるので横軽協調用の489系で上野方先頭車の500番台、
タイフォンの位置から503〜505の何れかのようです。
それが「雷鳥」の大阪方とは何とも…。
連休フルに休めそうでのんびりしていて発見しました。日数経てしまいましたがとりあえず。
[
17993
]
操車場略称、バスのエンジン
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/16(水) 21:19
操車場略称として、青操、郡操、大操、武操、向操、宮操がすぐ浮かびます。郡操は郡山(タ)になりましたが。
バスのエンジンは昔から直噴だと思っていましたが、言われてみると昔は嫌な臭いはなかったですね。インターネットで調べると、トラックの直噴が昭和50年辺りから普及したので、バスもこの頃でしょうね。
直噴は、窒素酸化物が副室より少ない代わりに、黒煙及び悪臭が多いことが欠点です。かつては黒煙に含まれる3-4ベンツピレンが発がんだと騒がれましたが、その後言われなくなったのは、フィルターの発達かな。悪臭は残りましたが。
[
17992
]
6181様
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/15(火) 18:07
詳細なお話、ありがとうございます。縦長の札差の「盛航21」など昔を思い出します。
今の客車が好きではない(カシオペアがE26系も、民営化後のことなので知りませんでした)ので、ずっと遠ざかっていました。四季島もJR関係者に云われたときに、敷島かと思ったほどでした。
さっしいさんの「最近(自分の中では)の鉄道事情には疎く」が同感です。
6181さんの「回転線」もありがとうございます。車両移動機を車両センターの検修担当も、なるほどと合点が行きます。数年前に大操(東大宮操車場の略)では検修職員が運転を兼ねるというニュースを見たからです(その後、JR労組はログインしないと見られなくなりましたが)。
ところで、大宮操駅が大宮操車場になった今でも、東大宮操車場を大操と呼ぶのか。おそらくX操の呼び方自体が、今は無いと思います。
[
17991
]
北陸・カシオペア(続)
投稿者:
6181
投稿日:2025/07/14(月) 00:49
末年の「北陸」がたしか上野13番でした。
14系でしたから末尾にもエンジンがあって、上空には3階のコンコース(駅ナカ)が蓋になっていましたから、
9番線あたりでも残り香がしました。
風向きにもよるかもしれませんが帰宅の乗り換えが23時を過ぎるとと時々行合うのでした。
言われてみればですが昭和40年頃まではバスの排ガスも今と違っていたようで、追いかけたくなった記憶があります。
カシオペアは一昨夕、編成全長がまっすぐ入る着発4#にいて、18時半頃から20時過ぎまで2クールの撮影会でした。
機関車はホームからも見えましたからそこにも集団がいくつか。
梶原寄りの側道にも大学生中心らしい十数人が長いレンズで待機。機回し狙いだったのかもしれません。
でもそのまま同線滞泊でしたので空振りだったでしょうか。
昨日10時過ぎにEF81 95は帰区、12両には王子方にDE10 1603がついていつもの到着4#に転線しました。
さて尾久の細かい話、いくつか補足します。
旅立ち前のホキ800が入っていたのは着発15#王子方で、
着発16#(四季島・カシオペアの出発線)とともに、海側に警戒色をまとったステンレス製らしい箱があり、
ブレーキ管の試験装置のようです。(昔はブレーキ弁みたいなのが各線の端に立ち上がっていました。)
前日に仕業検査をするのだと思います。
ホキは昨年8月まで隔週水曜日に宇都宮と行き来していましたが、月曜日に着発15#に移って火曜日に検査のようでした。
オシ24と引きかえに黄色い車両移動機が見当たりません。E655と一緒に庫内でしょうか。
部内では「アント」と呼んでいるみたいですが元の意味は違うんだろうと思います。
構内掛の誘導がつくようですが操縦は車両センターの人(検修担当)と見られます。
編成の貫通ブレーキの扱いなど厄介な点もありそうで、DEの時ほどキビキビゆかないようです。
ただDEの時も明らかに動きがゆっくりでしたので、大事にされているのだろうと思います。
最後に、突然さかのぼりますが[17781] で書き残した「回転線」の往にしへ。
所定で組み替えとなる付属編成・郵便荷物車のうち間合いが空くものの留置に組替線とセットで使われていたようです。
「津軽」二組の間で秋田回転車をつなぎ替えるのに、到着線から組替線に引き上げて付属編成を落とし
本体は北部入換線に逃げるなど。
さてほかには昔もらった47-3の構内作業ダイヤでは
「盛コ21」が八甲田(回102レ)-123レ(一ノ関行)と回っていてました。丸一日在線です。
これ昨年ふと「盛航21」なのだと気づきました。
オユ10が青森-隅田川-(航送)-根室-(航送)-上野-青森と七日がかりで回ったそうで、その最後。
123レは朝、本線脇の出発11#留置だったので親しい存在でしたが、
あの「ニセコ」の郵便車がついていたのだとは。
[
17990
]
調査結果
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/13(日) 10:16
昭和54年の時刻表を調べると、客車寝台で上野駅の13番を発車する列車はありませんでした。
到着は、北星(14系)、新星、あけぼの4号が13番ですが、早朝なので目立たなかったか。
そのあと、24系までは電源車のディーゼルエンジンは副室式、カシオペアのみ直噴なので、これを最初に調べれはよかった。
水上の助役は、黄色の帽子でした。白に赤帯は、国鉄以来です。初期のJRは国鉄時代を踏襲しましたが。
http://densantarou.g1.xrea.com/syasin/Minakamikiryuusene.jpg
[
17989
]
続編
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/12(土) 18:34
「国鉄時代助役のヘルメット」は意味不明なので説明しますと、JR化ののち、赤い線の入ったヘルメットを、今回初めて見ました。書きながら去年、水上のSLのときはどうだったのか、と思い出しましたが、おそらくそのときも見たのでしょう。
上野駅は、地平ホームにディーゼル排気臭がしました。昔のキハ80、180、28、58は快適な香りだったのに対し、バス排気ガス臭でした。副室式と直噴式の違いと解釈してきましたが、昔の20、24、12、14の排気臭は、快適な香りではないものの、ここまで嫌な臭いではなかった気がしますが、皆さん、いかがでしょうか。
[
17988
]
貴重なお話をありがとうございます
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/12(土) 18:04
死んだはずだよお富さん、ならぬ解体されたはずのオシ24が戻った理由が、やっとわかりました。(この話が分かるのは昭和31年生まれまでか)
別の頁に、オシ24以外は検修庫内で解体された、として車体の外板の一部がトラックに積み込まれた写真があって、いよいよと思っていたところでした。都電の解体現場を思い出してしまいますね。
本日は、定位置南側から一往復(だと思った)で出発線へDE20が南側で押し込み/牽引、ののちEF81を4人(だったか3人)外側で操車ののち連結し、上野へ行きました。
操車担当も、最後の仕業に思い出深いのだと思いました。その前に、国鉄時代助役のヘルメットをした人が、改札口から南方へ歩いて行きました。最初は分からなかったが、踏切の警備ではないかと、あとでわかりました。最終列車のときは、踏切が大変だったそうです。
[
17987
]
尾久のカシオペア
投稿者:
6181
投稿日:2025/07/12(土) 01:50
先週末5日と6日、尾久ではカシオペアと予備電源車カヤの「外観見学会」をやっていました。
("JREMALL"商品。いつもの留置位置の客車区6#の並び、予備4#と2#。)
見たところ賑わってはいなくて立ち合いの社員さんの方が多そうでした。
一両だけ残ったオシ24は週明けまた出現しました。上記の間検修庫にしまってあったのでしょう。
庫内退避はかつてなかったと思いますがホキの検修スペースが空いたからかもしれません。
明12日は日中ずっと上野で「寝台特急カシオペア25年間ありがとうイベント」に供用されるようです。
https://www.jreast.co.jp/press/2025/20250617_ho01.pdf
尾久ではその前か後かに「撮影会」でこちらは即完売だったようです。
「見学会」と違って「機関車がつく」「表示が点灯する(編成の電源が入る)」とのこと。
今となっては…ですが現在のカシオペア洗浄時の「右往左往」みたいな構内移動、知るところを記します。
基本的な流れは「いつもの待機位置の田端寄りの到着4#から、まず自動洗浄機(ホーム北端近く現・洗5#)に入り、
一旦押し戻してメインの洗い線に転線、人手での作業」で変わらないのですが、
(なお以前は現・洗1#でしたが四季島に譲り、今は現・洗2#です。)
「途中で機回しが必要になり、元の到着線に戻したい」のに、
お察しの通り電子連動化の際のスリム化[17770]で「洗い線から到着線への進路がなくなった」ため、
「洗5#-通路1#-東部入換線方-到着4#(機回し)-洗2#」とスイッチバックするようです。
一見他の解法もありそうですが、自動洗浄へは機関車先でないと「一両分ほどスルーする」設定が生かせないそう。
一方洗浄2#王子方には機関車のスペースはもうなさそうで機回しは必須のよう。
ここで着発線での機回しも可能なのでしょうが、その場合回送線本線を支障する。
…何故に行ったり来たりするのか幼時から疑問でしたが、未だ理解半ばです。
洗い線から到着線に戻るケースは他にもあり、「四季島」が給油のため洗1#-到着1#と動くのにも
スイッチバックが入ります。
さて「四季島」の構内移動。架線下でも一貫してディーゼルエンジンです。そうする理由わかりません。
運転資格の問題かとも思いましたが、入構から洗い線まで本線の運転士さんがDCモードでで動かすようなので、違いそうです。
もしかしたら架線給電に切り替えるのが案外大変なのかもしれません。
(閑話休題)[17838]尻切れになっておりました。
「デェィービオパレ、デェィビオパレ、ヨォーソゥベイン」
はカーリー・サイモンの"You're So Vain"でございます。そう聞こえるのは私だけか…。
原詩がわかっても聞き取り難いです。
[
17986
]
訂正、カシオペア
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/11(金) 13:49
毎度お馴染みの訂正です。歳を感じます。
昨日の曲はブラームスでした。
5(4)0(4)1(8)2(8)3(8)4(8)5(4.)3(8)5(4.)3(8)5(4.)5(8)↓2(8)1(8)7(8)↓2(8)1(2.)0(8)
0は休符、(4.)は付点四分音符です。
今朝、カシオペアが到着線にいました。上野に到着後のパターンです。昼に見たら、洗浄線にいました。
[
17985
]
6種のオルゴール
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/10(木) 16:30
ハイケンス、アルプスの牧場、鉄道唱歌のほかに、ブラームスの子守歌が20系にあったことは、動画にもときどき載っています。
もう一つ、15年ほど前のホームページで見つけたのに今はない曲に3(8)4(8)5(8)3(8)↑1(4)↑3(8)4(8)5(8)3(8)↑1(4)↑5(8)5(8)5(8)5(8)4(8)↑2(8)↑7(8)1(1)↑
がありました。数字は1ド、2レ、1↑オクターブ上のド。(8)は8分音符、(4)は4分音符。
更にもう一つ、小学校5年の臨海学校で両国から岩井まで乗った客車のオルゴールは、これらとは別だったと思っています。あるいはスピーカーの音が小さく、上を聞き間違えたか、とも58年間思ってきました。
[
17984
]
ハイネケン? 黛ジュン?
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/07/08(火) 05:30
>>6181さん
ハイネケン…は、ビールですね。
ハイケンスどころか、黛敏郎の曲も今回まで知りませんでしたが、
検索すれば音声付き動画で確認できて…凄い時代ですね。
黛敏郎が司会だった頃の『題名の無い音楽会』は良く見ていましたし、
渋谷公会堂では、恋する「いしだあゆみ」さんのナマ姿も拝めましたが、
彼自身の音楽作品は、難解電鉄でしたね。
黛ジュンなら…何曲か知ってますが。
『天使の誘惑』は言うに及ばずですが、『時は流れる』が好きでした。
ジュークボックス落ちの『雲にのりたい』『夕月』のレコードを持ってます。
ちなみに、黛ジュンという芸名は、黛敏郎のファンだったから…だとか。
(「831列車さんネタ」だったかな?)
井の頭線の渋谷は…そうでしたか。
これまでも改修のたびに乗場が遠ざかり、余計に歩かされていましたが。
↓「渋谷駅西口」だけでも、一つのドラマがありますね。
https://sassy.la.coocan.jp/archives/archives_s46-11.html#link_1330
[
17983
]
七夕鉄道777
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/07/08(火) 05:12
>>831列車さん
そうなんですよね、令和7年7月7日。
自分などは人一倍、喜んだり拘ったりしたくなりそうな日でしたが…
暑過ぎましたね。天の川も沸騰するのではないかと思えるほど。
熱中症なのか体調不良で、外出もできませんでしたが(出たら死ぬ?)
冷房の室内にいれば、それなりに「やる気」も出て、少しは前向きに。
都電史でも自作曲でも良いのですが、何か…したいです。
あれが「カシオペア」なら、こちらは「白鳥」座?
https://sassy.la.coocan.jp/archives/archives_s47-07b.html#link_1694
[
17982
]
ハイケンスなど
投稿者:
6181
投稿日:2025/07/07(月) 22:16
ハイケンスは名の知られた作曲家ではないそうで、
それに「セレナーデ」の主旋律ではなく末尾の一節がとられていて、
「とはいうものの…」みたいなことらしいです。
黛敏郎のチャイムは初めて知りましたが寝た子が起きそうな前衛ぶりでした。
でもWikipediaによればですが日テレのナイターのテーマ(「スポーツ行進曲」)は
この人作曲だそうですね。
さて、調布にゆくのに渋谷から井の頭線では、と考えました。
ところがハチ公口からの乗り換えは現在「最悪!」で「廃墟ですか」といいたくなるほど。
青天井のもとから横断歩道を渡って一本のエスカレーターしか見当たらず後悔しました。
なくなってみて気づくのですが昨年触れた([17617][17628])昭和10年代の西口の改良、
当時の需要に見合っていてかつ相当にモダンだっただろうと思います。
だからこそハチ公が待てて銅像が建った。広場の設計があればこそ。
そういう物語はどうでしょう。
[
17981
]
ささ(め)のはサラサラ
投稿者:
831列車
投稿日:2025/07/07(月) 19:16 <
URL
>
ご無沙汰しております。今日は七夕、777切符なども恒例であちこちで販売されているようですが次はいつになるやら…。
カシオペアの最終運行で盛り上がっているようですがついに乗車は叶いませんでした。まあ高級過ぎて試しにというほどのものではありませんでしたが。なぜか後で知った最終列車(と思われる)編成を車窓からみましたのでちょっとアップしました。
http://c5793.ebo-shi.com/iroiro-831gazou.html
暑くて動きが鈍っております。
[
17980
]
楽しそうなイベントで
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/07/06(日) 20:33
>>6181さん
なかなかに格調高い話題で楽しいですが、
国鉄の車内チャイムと言えば、自分は『アルプスの牧場』が浮かびます。
…と言うか、それしか浮かばず、黛敏郎の作品は知りませんでした。
『ハイケンスのセレナーデ』は「そういえば…あったかな」という程度です。
自著の出版が一段落(と言うより完全終了)で、鉄道は少しお休み。
今は、長年に亙る数々の(稚拙な)自作曲をいじるのが楽しく、
アレンジとPCでの演奏、そしてAIボイスの歌唱にハマっている毎日です。
その割には、鉄道の車内放送の音楽には無頓着だったようです。
声が出なくなってコンサート中止という、さだまさしが心配です。
[
17979
]
情報ありがとうございます
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/07/06(日) 20:05
>>都電37番さん
カシオペア & 尾久情報、ありがとうございます。
こちら、最近(自分の中では)の鉄道事情には疎く、
また特に国鉄の客車についてはフォローもできませんが、
興味のある方にとっては有意義な情報でしょう。
今後も適宜よろしくお願いいたします。
[
17978
]
尾久の続報
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/04(金) 16:24
カシオペアの予備電源車を連結した24系は、数日後に不在になりました。検修庫か、解体のために配給列車で転出か、不明です。
カシオペアの予備電源車は単独で、かつて24系が一両留置した位置に止まっていましたが、今日はカシオペア定位置の隣の線(検修庫からは二つ手前)のカシオペア最後尾より少し前方に単独で泊まっています。何年間も予備電源車は、カシオペア定位置と同じ線で後方が定位置でした。ホキが消滅したためかも知れません。
[
17977
]
カシオペア定位置へ、残るは和のみ
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/02(水) 05:54
尾久ライブを見ると、昨夕(それ以前は経過時間超過で見えない)には定位置に戻りました。イベントで使うので、自動洗浄と通常の洗浄を掛けたと思われます。
さて、レール運搬貨車に続いてホッパー車も28日で消滅しました。入れ替えで残るは和だけです。四季島とレール運搬気動車は自走なので。
和について、架線があるところでも自走しないのは、お召列車の供奉車としても使用する為に、特別の運転士しか扱えないのでは、と想像しています。
[
17976
]
引退後のカシオペアが洗浄線へ
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/07/01(火) 15:39
カシオペアは、定位置(検修庫横)から、金曜の夕方に南へ引き上げて留置、土曜の午前に3往復して洗浄線へ。其の日の夕方に上野駅へ推進で出発、のパターンが多かったです。臨時に金曜になったり、土曜朝に出発線に留置中に機関車を連結して上野へ、もまれにありました。
本日は、いつもの土曜のパターンでした。ということは、夕方に上野駅へ?
昨日で引退のはずで、新聞でもそう報道されましたが。
[
17975
]
ハイケンス、尾久
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/29(日) 05:26
ハイケンスは、オルゴーールが電子音になり、前のほうがよかったと懐かしむうちに、客車そのものがSL列車を除いて無くなってしまいました。
尾久は昨日、同時に二つの入れ換えがありました。一つは夕方出発のカシオペアを、自動洗浄と普通の洗浄線に入れる為に、3往復(1回は入換標識の情報量不足で直接入線できないためか)するもので、土曜の定番でした。ここ二ヶ月ほど、ほとんど無くなっていましたが。
もう一つは、ホームから南西側30mくらいのところに数日前に移動させたホキ2両にEF81を北側に繋げ、東北着発線へ入れました。
二つの入れ換えを同時に行うのは、ここ数年で初めてではないでしょうか。操車担当と構内掛のチームを今でも二つ作れるのか、と感激しました。
インターネットで調べると、ホキ2両は東大宮(操)へ配給列車として行き、訓練センターへ入ったそうです。これで尾久からホキが全滅しました。
あと、26日(木)にカシオペアの予備電源車を24系に連結しました。連結は見ていないが、金曜朝に車内から見えました。
[
17974
]
近況
投稿者:
6181
投稿日:2025/06/29(日) 00:36
「調布国際音楽祭2025」の一環、"鉄道×音楽 Take the “KEIO” Train!"に行ってきました。
MCの鈴木優人(指揮者・鍵盤楽器奏者など)は40代、上野耕平(サクソフォン奏者)は30代とのことですが、
冒頭が「ハイケンスのセレナーデ」のフルバージョン(国鉄時代からのあのチャイムの原曲です)。
今や幻と化したらしい黛敏郎作の新幹線チャイムとか(鈴木優人がどういう和声なのか解説してくれました)。
お子様には厳しそうなプログラムでした。
一方舞台上に上野さんのNゲージが持ち込んであって、休憩時間に「103系を動かして!」なんていう子がいました。
色違いのED75の重連とコキ20両の、積み荷がいい具合に空いていて当方の琴線に触れました。
市川沙椰がゲスト、後半には調子がでてきて本物ぶりを発揮していました。
関連企画の電気通信大鉄研の壮大なプラレールとNゲージのモジュールレイアウト
(石膏で山を作ったのだがお勧めしませんとのことでした)を見て、
コンサートをもう一つ梯子して、
帰路のホームが「カシオペア祭り」でした(本日EF81 81)。
若い人たちの「放列」から一歩引いて敬礼で見送りとしました。
丸一日遊んで足が痛いです。当方も「自由を満喫」です。
尾久や昭和町の話題含め尻切れとなっていますが逐次補足します。
[
17973
]
尾久のカシオペア、続報
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/26(木) 13:40
本日の午前中に、カシオペアが12両に復帰しました。
まず4月に、1両を一ヶ月以上検修庫へ入れ、復帰のあと、6両ずつ交番検査2回。
それから2ヶ月しか経過しないので、通常の3ヶ月より短い。或いは、カシオペアは旧周期で2ヶ月なのか。
いずれにせよ引退まであと4日になりました。尾久の客車操車場としての長い歴史は、あと少しです。四季島、和、線路運搬機動車の車両センターとしては、今後も続きますが。
[
17972
]
尾久のカシオペア
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/24(火) 15:59
今朝見たら、カシオペアが定位置(検修庫の手前)に南側6両だけ留置してありました。北側6両は検修庫の中と思われますが、もうすぐ引退なのになぜ、と疑問です。
引退延期か、は無いとすると、状態の悪い車両があり1両だけ切り離すのは手間なので、交番検査みたいに6両を入庫させたと想像しています。
[
17971
]
共済組合と鉄道
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/21(土) 05:14
共済組合は馴染みが無い人が多いので説明しますと、健康保険と年金を合わせたものです。つまり健保組合(または協会けんぽ)と、厚生年金(か企業年金)とまったく変わりません。
それなら統合すればよいのにできないらしく、私は厚生年金、私学共済の両方から年金を受け取ります。
加入した時期に受け取った利用案内に、東京弥生会館がありました。都電の池之端二丁目の専用軌道が終わるところにあり、営団地下鉄の共済組合だろうと思ってきました。
ところが調べると、国鉄共済組合の施設で、民営化後は日本鉄道共済組合と名称を変更し、私はこのとき見たので地下鉄と間違えたのかも知れないです。
その後、JR東に売却。2005年に閉館しマンションになりました。
[
17970
]
共済施設/臨港貨物線
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/19(木) 08:51
>>都電37番さん
個人的な人生との接点にまで言及頂き、ありがとうございます。
そういう「ニアミス」も楽しいですね。
思えば、自分は共済の施設など、殆ど利用したことがありませんでした。
あ、そうだ。逗子海岸に、まだ公設の「海の家」があった頃、
着替えや休憩が無料になるので、何度か使わせてもらいました。
小さかった長男を時々連れて行き、帰る前の風呂が最高でした。
ご紹介の再開発の図では、線路が敷設されなかった区間もあったようですね。
完成部分だけでも結構な貨物線ネットワークですが、
それらも今は、大部分が消滅してしまったようです。
工業地帯の貨物線などには、普段あまり馴染みがありませんでしたが、
全盛期にあちこち探訪しておけば良かったのにと、今更ながら思います。
[
17969
]
二つの接点
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/17(火) 13:44
私とさっしいさんで、鉄道以外に二つ接点があります。
一つ目は横浜で、先日市立中央図書館で、めずらしい資料を見つけました。
http://densantarou.g1.xrea.com/syasin/TakasimaSaikaihatu.jpg
東横浜駅と高島駅を再開発する為の案を、横浜市役所がまとめたものです。
http://densantarou.g1.xrea.com/2744_2.html
二つ目は、私はコンピュータ専門学校教師を3年間勤め、その間は私学共済に加盟しました。
公立学校共済、文部省(当時、今は文科省)共済と、相互乗り入れで宿泊施設を利用できました。
それ以外の共済組合も、空いているときは利用出来、一番利用したのはKKR(国家公務員共済組合連合会)でした。施設は古いが安いので。
[
17968
]
珍しく短文にて
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/16(月) 22:00
>>海苔太郎さん/マイクさん
心霊スポット…だったりして?
[
17967
]
動く料金箱
投稿者:
マイク
投稿日:2025/06/12(木) 23:57 <
URL
>
こんばんは。
手短にレスだけm(__)m
>>さっしいさん、都電37番さん
コメントありがとうございます。
「つりかけ」の漢字はどっちが正しいんでしょうかね?
モ3200形は元名鉄580形でしたね。
3扉にした6000形みたいな雰囲気がいいですよねぇ。
(屋根のRが名古屋市電みたいな感じではありますが)
>>海苔太郎さん
コメントありがとうございます。
たまたま録音目的でカメラを回していたら、撮れました。
前畑電停の手前(動画40秒当たり)で警笛を鳴らしてました。
その後ブレーキをかけたタイミングで料金箱が動き始めました。電停から乗り出して撮影していた方でもいたのかな?(´・ω・`)
このあたりは軌道がガタガタなので揺れもひどいので、固定が甘いと料金箱が動いてしまうようです。
市役所前に着く頃には、ひとりでに元に戻っていました。
[
17966
]
料金箱自動オープン?
投稿者:
海苔太郎
投稿日:2025/06/12(木) 20:08
>>マイクさん
モ3203の動画楽しく拝見しました。
家族からは変な目で見られながら(笑)
車内の動画では0:50〜0:54にかけて料金箱?が自動でご開帳して
マスコンがお目見えしていますね。
これ、たまたまなのですか?
[
17965
]
あれこれ
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/11(水) 13:18
>>都電37番さん
各地の県民歌どころか東京都民歌(?)も知りませんが、
そう思うと「信濃の国」は凄いですね。
我が子は横浜市立小中から、県立高も市立高も私立高もいました。
大学は(両親も含めて)全員私学で…お金は掛かってますねぇ。
「釣掛」式…自分も「吊掛」の表記の方が好きです。
本日発売の自著では「釣掛」に統一しましたが。
[
17964
]
旅行した気分になれました
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/11(水) 13:09
>>マイクさん
いやぁ素晴らしいですねぇ。釣掛の音と共に動画を堪能させて頂きました。
このところの当サイトの表紙写真の場所と重なるのも楽しいです。
それにしても、OneDriveには、こういう使い方があったんですね。
これならWEBサイトを持たない人でも、画像や動画を公開できますね。
豊橋も良いですねぇ。
モ3200形は名鉄岐阜のモ580形ですね。
僕の最初の訪問時(昭和46年)には、まだ豊橋に来ていませんでした。
ともあれ、ご旅行お疲れさまでした。
[
17963
]
吊り掛け式、県民歌
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/11(水) 07:28
マイクさん
吊り掛け式は、加速が終わると急に速度が落ちる気がして、音がしなくなるためだろうと思っていましたが、走行抵抗が大きいのかも知れないですね。
さっしいさん
横浜で教えていらしたのですか。私の子は二人とも小中が横浜市立、高校が神奈川県立です。
五年前に神奈川県民歌を批判したことがありました。
http://densantarou.g1.xrea.com/1484_2.html
25年間横浜に住んだし、今でも本籍は横浜なので、まあ許されるかな。
優れた県民歌として「秋田県民歌」「信濃の国」「埼玉県歌」を挙げました。
http://densantarou.g1.xrea.com/1484.html
[
17962
]
きつねとたぬき
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/11(水) 05:29
>>皆さん
トップページの自著の宣伝を、2冊まとめてみました。
http://sassy.la.coocan.jp/
「大都市私鉄編」は赤がシンボルカラー、「地方私鉄・国鉄編」は緑なので、
「赤いきつね」と「緑のたぬき」みたいになっちゃいましたね。
ビートルズの「赤盤」「青盤」だったら嬉しいんだけどなぁ。
ともあれ、本日(6月11日)発売の「地方私鉄・国鉄編」も、よろしくお願いします。
[
17961
]
豊橋鉄道と三岐鉄道訪問
投稿者:
マイク
投稿日:2025/06/10(火) 22:24
>>さっしいさん、皆さん
ご無沙汰しております。
最近ぽこぺんのトップが三岐鉄道とちょうどタイムリーな話題があるので投稿します。
先週末、豊橋鉄道の市内線と三岐鉄道に乗りに行ってきました。
豊橋ではモ3203が緑とクリームのツートンカラーの復刻運転を行っていて最終日を前に撮影に行きました。
写真や動画をいくつか公開しました。
豊橋鉄道 モ3203メイン
https://1drv.ms/f/c/23183333dfc61de0/ErocDjCYnuFIm1OUTgrOLrYBrT54W-3SbjjTFpz8h5puUw?e=9gLwyn
桑名で一泊して翌日は、北勢線と三岐線を堪能しました。
西桑名から北勢線で阿下喜まで行き、伊勢治田まで歩いて三岐線に乗るというさっしいさんと同じ経路です。(^ω^;)
三岐線では皆さんご存じのとおり、JR東海から211系を譲受し車両置き換えが始まっています。
さっしいさんが訪れたころは西武の中古車が入り始めたころで、
今は何度か入れ替わった西武の電車たちも終焉が迫り、時代の変わり目です。
保々の車両区も公道から撮りましたが、さっしいさんが訪ねたころの車両は機関車や一部の貨車を除いて「ほぼ」いなくなってしまったのではないでしょうか・・・。
電車は変われど、塗装は変わらず半世紀以上の歴史があることに驚きました。
沿線も貨物鉄道博物館のある丹生川、
セメント工場のある東藤原、
桑名興業高校の桑工ゆめ鉄道が整備された西藤原と貨車や機関車の保存車が点在しています。
休館日でも保存車の近くには行けるので、それらを見学するだけでも十分楽しめます。
また、後継車である211系も伊勢治田と東藤原の構内に貨車たちと一緒に留置されています。
西武のお古も復刻塗装をやっているので、乗車や記録はお早めに。
三岐鉄道
https://1drv.ms/f/c/23183333dfc61de0/EulipUL513VDlxJnSGEKJx8BbxsGUbj989Ivf-A3mXzGbQ?e=Dl8uon
西桑名の発車動画や豊橋の動画など、吊り掛け電車の音を堪能していただければ幸いです。
それでは失礼いたします。
[
17960
]
演奏しましたね〜♪
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/10(火) 19:31
>>らばそるみさん
『信濃の国』は、例の「信濃路サマーコンサート」で演奏しましたね〜♪
http://poko.la.coocan.jp/images/images_link/2025/19770728_suzaka.jpg
http://poko.la.coocan.jp/images/images_link/2025/19770728_matsumoto.jpg
そういえば、現在は「神奈川県民」であるものの、県民歌などは知りませぬ。
もちろん『横浜市歌』は歌えますし、歌う指導もしてきました。
森林太郎(鴎外)による格調高い歌詞も良いですね。
鴎外の墓(三鷹の禅林寺)で「雪虫」を見たのは…「あの秋に」でした。
『鉄道唱歌』東海道篇の全66番は、小学生時代なら全部歌えましたが…
そうそう、明日は、さっしいの「地方私鉄・国鉄編」を、よろしくお願いします。
[
17959
]
信州の鉄道
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/10(火) 18:57
>>都電37番さん
長野・松本の話題をたくさん、ありがとうございます。
明日発売の自著では、長野電鉄・松本電鉄が少しずつ載りますが、
長野県内の国鉄として、大糸線・中央本線の写真も採用しています。
また、表紙写真には載っていない「あの鉄道」も登場します。
上田交通が無いのは残念ですが。(訪問は昭和61年でした。)
松本電鉄浅間線は、小学校1年生の時に乗車しています。
薄っすらとした記憶では、ボロい電車だなぁ…と。
[
17958
]
信濃の国は
投稿者:
らばそるみ
投稿日:2025/06/10(火) 09:18
こんにちは、長野のむずかしいEE 話題をなんとか理解しようと
読み進めています。勉強になります。また、正確を期すという
姿勢がすばらしいですね。
鉄道趣味界隈は、幅広い話題で、しかも、奥深いですね。
で、長野県といえば、「信濃の国」ですね。(強引)
全国で一番有名な県歌だそうで、県民の誰もが知っていて、
しかも、自然に、唄える! という。
かくゆう私も、
「しなののくにはー、じっしゅうの〜」から始まり、
特に、好きなのが、、
「松本伊那佐久善光寺」と歌えちゃいます。‐地理!‐
でも、私、実は、現在の居住地の県歌は知らない。
ところが、神奈川県の「白波は、白波は岬に砕け〜♪」は
覚えているのです。つまり、幼児・小学校あたりの教育は
大切だなー、とあらためて思った次第です。はい。
郷土、ふるさと、愛国心。。。。
みなさん、居住地の県歌って、歌えます?
え?「鉄道唱歌なら、全部、唄える!」ですか?(--)
失礼しました。
ところで、>>さっしい 松本いよいよ発売ですね!
あしたが、待ち遠しい、らばそるみでした。
[
17957
]
再々度訂正
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/10(火) 05:20
北長野支所−>北松本支所
いよいよ歳かな、と心配になります。
松本電鉄は浅間線という路面電車を経営していました。廃止時に別の経路のバス路線があり、こちらを浅間線。廃止した路面電車の代替を新浅間線と称し、両方は浅間温泉の入口で交差し、最後は浅間温泉駅で集束しました。
浅間温泉駅としたのは切符売り場と営業所は残りました。路面電車廃止前に、浅間温泉から新宿(都内)までの連絡切符を売っていたのを覚えています。
ところが滝澤一族が経営から退くと、浅間線と新浅間線を交差部分で繋げて、左回りか右回りの循環バスになりました。そして浅間温泉まで来るバスは一時間に一本のみ、新浅間線に至っては平日2.5本、土日は運休になりました。そして浅間温泉営業所は廃止されました。
これではあまりだと思ったのか、浅間温泉の寂れに市役所も慌てたのか、普通のバスはバスターミナル発なのに、浅間温泉行のみ、駅前から発車するようになりました。
路面電車ファンから見ると、昔の路面電車の姿に戻ったみたいです。営業所が廃止されたのは残念ですが。
[
17956
]
再度訂正
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/09(月) 12:57
黒姫−>戸隠の間違いです。黒姫は、しなの鉄道(旧信越線)黒姫駅ですよね。焼きが回ったかな。
北長野支所の「各線が集結する前に踏切」について解説すると、電車庫や留置線からの線が北側の引き上げ線へ集まらないうちに、踏切がありました。普通は引き上げ線から本線に入るところが駅区境界ですが、或いは踏切の南側の各線に駅区境界があったかも知れないですが、今となっては確認できません。
[
17955
]
長野のアルピコ
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/08(日) 06:53
長野駅から善光寺や黒姫へ行くバスはアルピコ交通ですが、これは二代目の成功と、三代目の失敗が絡みます。
長野地区では、長野電鉄と川中島自動車がバスを二分していましたが、川中島自動車が経営危機に陥りました。
長野地区でどこも手を挙げない為に、松本電鉄の二代目社長が管財人になり、高速バスで予定より早く再建し、有能バス経営者と讃えられ、長野バス協会会長や松本商工会議所会頭を歴任しました。
川中島自動車は松本電鉄の子会社になり、同じく子会社の諏訪自動車とともに、アルピコグルーブと称しました。
ところが諺にあるように、三代目で経営不振になり、私的整理に追い込まれ、株が分散して今の形態になった。その後、三社を統合し、アルピコ交通になりました。
[
17954
]
訂正
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/06(金) 05:53
すみません
北松本にま->北松本に
来た松本支所->北松本支所
おわびに一つ追加すると、松本電鉄は社長を滝沢一族が三代続けて、塩尻のタクシー会社出身と聞いたことがありました。
伊藤左千夫の歌に、浅間温泉滝沢本家にて詠んだものがあるので調べると、滝沢本家出身でした。
[
17953
]
長野、松本(その二)
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/06(金) 05:47
昔は、北松本にま、松本運転所来た松本支所がありました。各線が集結する前に踏切があり、その外側に小さな貨物扱い所がありました。
東京の南千住は貨物扱い所が無く、これは隅田川駅があるので当然ですが、北千住は小さな貨物扱い所があり、北松本は似ていると感じました。
飯田線の伊那松島機関区は、車両連結面の全般検査を表示する欄の横にママキクxx-xx休車、を複数書いたものを見ました。複数回休車になったのでしょう。
買収私鉄時代の名残りを、北松本と伊那松島で感じました。国鉄時代の、統一の中の多様性の美、かな。
今のJRは非統一で、そもそも美が無いですが。
[
17952
]
長野、松本
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/06/05(木) 14:55
長野運転所は北長野ですが、長野駅構内に第一分所、第二分所がありました。昔の機関区、客貨車区です。旧機関区が先に無くなり、旧客貨車区は昭和五十二年頃まだ稼働中なのを見ました。
貨車区は篠ノ井へ移転しましたが、今はすっかり寂れて空き家状態ですね。
小荷物の集積所が北長野にありました。隅田川で手荷物のアルバイトで北長野へ発送しました。
松本は、留置線と洗浄線が扇形で、品川と似ていると感じていました。今はすっかり電車区風景ですが、昔はDE10が駐留していました。
[
17951
]
「さっしい少年」シリーズ 完結
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/05(木) 06:30
>>皆さん
『さっしい少年が出会った 昭和40年代の鉄道風景 地方私鉄・国鉄編』
6月11日に発売予定です。表紙画像が公開されました。
http://poko.la.coocan.jp/images/images_link/2025/book_cover_y.jpg
馴染みの薄いローカル私鉄が中心ですが、お買い求め頂ければ有難いです。
※ 出版社のページ ⇒
https://www.mediapal.co.jp/book/5895/
※ 楽天ブックスの当該ページ ⇒
https://books.rakuten.co.jp/rb/18185990/
※ Amazonの当該ページ ⇒
https://www.amazon.co.jp/dp/4802158955/
「さっしい青年」「中年」「老年」シリーズは…う〜ん、出ないだろうなぁ。
[
17950
]
よろしくお願いします
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/06/05(木) 06:29
>>海苔太郎さん
ありがとうございます。よろしくお願いします。
長野も松本も、少しだけ載っています。
まぁ、サインはV、手形は不渡り哲也…ということで。
「握〇会」は諸般の事情により、自粛させて頂きます。
[
17949
]
サインをもらわないと
投稿者:
海苔太郎
投稿日:2025/06/04(水) 14:26
>>さっしいさん
ご無沙汰しております。
最近は長野や松本にばかり出張しています。
でも、日車標準車体が活躍していた松本電鉄も今はほとんどが井の頭線からの3000系のお古。
長野電鉄も東急8500系のお古なのであまり楽しい出張ではありません。
楽しみといえば!!
6月11日発売の本、楽しみにしています。
それまでの間は我慢しなきゃですね(笑)
本でワクワクするのはティーンエイジャーの頃以来40年ぶりですよ。
さっそくですが主役のサインいただかないと。
サイン会、握手会、それとも○○○会?
今はレンタルも運送便で貸し借りする時代ですから
本は宅配便でお送りしてオンラインでのサイン会ですかね。
お相撲さんよろしく「手形」→金の手形ではないです。とか。
他の「形」は遠慮しておきます〜。
[
17948
]
ひので号
投稿者:
都電37番
投稿日:2025/05/31(土) 14:40
さっしいさん
社内の写真をありがとうございます。確か荷物置きがあったとうろ覚えだったのが、はっきりしました。
ひので号は、座席一人当たりの面積は一般車と同じで、通路が半分の幅でした。検札(後に、車内改札と改称)と車内販売が無いので不便ではなかったですが。
車内販売で「ビール1本」なんて言ったら、先生が慌てて飛んで来ますが。
隣席との間にある、頭を支える器具は貴重ですね。あれで睡眠できるので貴重です。
[
17947
]
ひので号
投稿者:
さっしい
投稿日:2025/05/30(金) 19:31
>>都電37番さん/えびすこさん
そういえば、自分たちの中学時代の修学旅行は「ひので」号でした。
翌年あたりが最終年度だったらしく、その後は新幹線に変わったようです。
我が中学校のPTAが最後の乗務員さんに花束を渡したという話もありました。
3列ボックスはトランプなどをするには便利でしたが、さすがに窮屈でしたね。
…というか、そこに4人並んで座ってる?
(↓おぉ〜、卒業式の日になぜか自分の写真を僕にくれた〇子ちゃんも…)
http://poko.la.coocan.jp/images/images_link/2021/hinode_01.jpg