[2366] 何の関係も無いですが :kazuhi
2004/06/05(土)19:56
今日の地元の新聞に、市町村合併後の新市名が、みちのく市、とアンケートで決まりそうになったら、学識経験者や、歴史に詳しい人達から異議の申し立てが相次いだらしいです。それは、みちのく、と言うのは、東北でも太平洋岸の事を指しているそうで、秋田県にその名を冠すのは、おかしいという内容の記事が載っていました。
地元の事とて考えさせられました。こんな事も知らなかったなんて!
そうです、みちのく、は東北全体の事を指すと思っていました。太平洋岸限定だったとは。
その原因はやっぱり松尾芭蕉にあるようです。彼がみちのくを行脚して日本海側にも回って来て、ごっちゃになってしまったのでしょうか?
勿論、松尾芭蕉に些かの罪もありません。世の中にはに知ってるようで知らない、知ってるつもりだけ、ということが結構有るんじゃないかと改めておもいました。
[2367] みちのく一人旅? :さっしい
2004/06/05(土)21:11 [メール]
▼kazuhiさん▼
いえいえ、こういう内容は個人的に大好きですよ。
それに、この一週間は全く書き込みが無かったので寂しく思っていました。
さて「みちのく」ですが、確かに東北地方の東半分を指す言葉なのでしょうが、
語源は「道の奥」で、元来は奥州全体を指すものではなかったのでしょうか。
もちろん古代の東山道も、今の宮城・岩手側を通っていたわけですが、
「陸奥国」の範囲に、当初は山形・秋田県も含まれていたはずです。
「陸奥」は国名としては「むつ」ですが、「みちのく」とも読まれたのでしょう。
和銅5年に日本海側は出羽国として分立され、後に羽前・羽後の二国に分かれます。
太平洋側に残った陸奥国も、後には陸前・陸中・陸奥と細分化され、
「陸奥」は、ほぼ現在の青森県だけを指すようになって行ったのでしょうね。
ですから歴史的な起源から言えば(奈良時代以前の律令制によるものですが)、
東北全体を「みちのく」と呼ぶのも、あながち誤りとは言えないのでは?
「みちのくのあこやの松に木がくれて いづべき月のいでもやらぬか」
という古歌に歌われた「陸奥の阿古屋の松」も、山形市にあったとされています。
ちなみにこれは「平家物語」に出ているエピソードなので、ふと思い出しました。
しかし、以前国鉄に「みちのく」という特急がありましたが、
やはり東北本線(太平洋側)経由でしたっけ(?)
普通には「みちのく」は太平洋側と捉えるのが無難なのでしょう。
個人的には、平仮名や片仮名の市名は感心できないのですけれどね。
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[2368] 少々補足 :さっしい
2004/06/05(土)21:36 [メール]
特急「みちのく」号は、常磐線・東北本線経由でしたっけね。
要は「太平洋側」ということを言いたかったのですが…。
高校の鉄研仲間と、上野駅で写真を撮ったことがありましたが、
東北代表のような名前の割には、地味な存在だったように思います。
あの頃は「はつかり」「ひばり」「とき」「あさま」「あけぼの」…
上野方面は特急の宝庫だったなぁ。(自分は私鉄派でしたけれど)
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[2369] 通信速度が・・・ :佐藤文俊
2004/06/05(土)22:48
さっしいさん
ご無沙汰です。このところ、こちらの通信速度が低下して「投稿」をクリックして送信しても途中で落ちちゃうんですよ。それに今は時間があると大塚車庫の模型を進めてます。
「はつかり」と言えば妙な事を思い出したんですが、寝台の581系がデビューした時、車輌メーカーでの艤装が予定よりも遅れた為、プレスリリースで発表する写真を撮るために先頭のクハネ581の前頭部と左側面だけ塗装して間に合わせたんですよね。
当時、国鉄本社のPRコーナーで「門外不出」の右側の下塗りと半々の奇妙な写真を見た事があります。
[2370] 「みちのく号」と岩波映画「ある機関助士」 :日本橋両国
2004/06/06(日)0:47
さっしいさん、Kazuhiさん、今晩は。
また脇からですが、お話に入らせて下さい。
私も「みちのく」と聞くと、
常磐線廻り青森行き 11レ・12レ を思い出します。
と言っても肉眼で見れたのは、11M・12M 583系時代ですけど。
常磐線沿線で撮影中、
午後になると姿を見せたのが「みちのく」でした。
時刻表を見ても、上野⇔水戸 ノンストップ運転ですから、
なんか侵しがたい雰囲気がありました。
またある時、交通博物館でみた映画、「ある機関助士」に感動しましたね。
ご存知の方も多いと思いますが、昭和37年秋頃撮影された岩波映画です。
(後年JICCからビデオ化されましたから、お手元にお持ちの方も多い事でしょう。)
こちらも話の舞台は、C62牽引の急行11・12レ「みちのく」です。
上野⇔水戸を舞台に物語が展開していきます。
乗務員の勤務模様、給水風景、鉄道学園の事、列車防護訓練、列車指令、点呼など
昭和30年代後半の沿線風景とともに、当時の鉄道を取り巻く状況が、良く分る作品です。
こんな記憶の「みちのく」号ですが、
昭和57年11月のダイヤ改定で消えて以来久しいです。
何処かで列車名の復活は無いのでしょうか?
また話のスジを脱線させてしまいました。
異線進入してスミマセン。
[2371] 梅雨入りでしょうか :さっしい
2004/06/06(日)19:09 [メール]
▼佐藤文俊さん▼
いつもながらご苦労様です。掲示板自体のせいもあるのでしょうね。
相変わらず週末の夜などは繋がりにくく、イライラしてしまいますが、
せっかく書き込もうと思っても、それで断念する方もいるのでしょうか。
大塚車庫の工事は進んでいるようで、竣工を楽しみにしています。
「都電が走った街 今昔U」には、いい感じの全景写真が載っていますね。
(この「U」は機種依存文字ですが、Windows環境でなら読めるでしょうか?)
581系の裏話もありがとうございます。「月光形」として紹介されましたよね。
「はつかり」は583系でしたっけ? 「よんさんとお」のデビューだったかな。
ついでながら、最初のNゲージ製品は、ものすごい代物だったような…
▼日本橋両国さん▼
いえいえ、「話のスジ」などは無きに等しく、様々な話題をお待ちしています。
(自分の提供する話題が一番、支離滅裂だという噂も…)
「常磐線まわり」という列車は、何かアウトサイダー的な香りもあり、
「我が道を行く」といった魅力を感じたりしたものです。
とはいえ国鉄に関しては、当時から興味も薄く、知識も乏しく、
いまだに「はくつる」「ゆうづる」の区別すらできませんが…
常磐線経由は、東北本線経由よりも、実際の距離が短いんですよね?
日暮里−岩沼間は、たしか運賃計算の特例区間でしたよね。
(最近は全国版の時刻表を見る機会も激減してしまいましたが。)
「ある機関助士」という映画は、見たことがないと思いますが、
手持ちのLDの帯に、シリーズのラインナップとして掲載されていました。
ちなみに、キハ81の誕生までを記録した映画などを何枚か持っていますが、
LDプレーヤーが壊れて再生できず、もう長いこと見るのを諦めていたものを、
先日、プレーヤーがまだ発売されていることを知り、ネットで購入しました。
吉田拓郎やビートルズをはじめ、懐かしい映像が再び見られ、喜んでいます。
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[2372] 時は流れても、変らぬ事も。 :日本橋両国
2004/06/06(日)22:32
さっしいさん。
いつもご寛容にお迎え戴き、有難うございます。
本当に梅雨ですね。7月の下旬に明けるまで、鬱陶しい季節の幕開けです。
さて、
東北本線と常磐線の営業キロを比べると、どうも東北本線の方が僅かに短そうです。
また、日暮里ー岩沼間の特定運賃の特例も廃止されてしまった様です。
もう新幹線の時代なんでしょうか。在来線は近距離専用に徹せよなのかなぁ。
「はつかり、がっかり、故障ばっかり」なんて話も過去の事ですね。
上野発の夜行列車ですら、空前の灯火ですもの。
その昔の鉄道情景が、段々消えてしまい、一抹の寂しさを感じます。
そんな中でも、C支社管内は、国鉄時代が未だ残っています。
113系、183系が未だ幅を利かしていますし、夕刊輸送電車も有ります。
なんと一年に一回は、某労組のストライキすらあります。
まさに首都圏の異次元空間の様相です。
[2373] 千葉も好きです :さっしい
2004/06/07(月)21:38 [メール]
▼日本橋両国さん▼
岩沼以遠への特定運賃(?)は無くなっちゃったんですか?
特定区間の運賃計算は、短い経路の方の営業キロを使用でしたよね?
いずれにせよ、東北方面へも新幹線で、というのは、
自分の中では、まだピンと来ないんです。
その昔、たった一度だけ北海道を訪れたときも、
上野から急行「十和田」だか「八甲田」だかで、12時間かけて青森へ。
連絡船で4時間(?)、更に函館から帯広まで急行「狩勝」で10時間…
そのイメージが、いまだに消えないのでしょうねぇ。
千葉は「行き止まり県」という、特別な環境下にある県ですね。
海に囲まれ、半島は意外と山深いし、魅力溢れる地域だと思います。
館山で食べた刺身や「さんが焼き」は美味しかったなぁ。
そういえばこのところ、ご無沙汰してしまっていますが。
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[2374] 遥かなる北海道。 :日本橋両国
2004/06/08(火)0:54
さっしいさん
連夜書き込まさせて戴いております。
北海道は遠い所だと、私も思いつづけています。
高校生の時、
鉄研仲間と初めて渡道した時の印象が、強かったせいでしょうか。
「十和田」〜「津軽丸」〜「ニセコ」〜「狩勝」と、2本の夜行を乗り継いで、
道東まで足掛け3日がかりでしたねえ。
25年近く経った今でも、
当時の仲間と会い、口にするのはその時のエピソードです。
もし脇で聞かれたら「いい年した大人が何言ってるんだろ」
と思われそうですけど。
千葉県を擁護いただき有難うございます。
さて昨朝は 35_/時間 なんて豪雨がありまして、
(乗車していた列車は、辛くも通り抜けましたが、)
土砂崩壊検知システムが作動したらしく、後続列車がみんな抑止になっていました。
その時の落雷の威力は凄かったですよ。
佐倉駅のホームの照明が、一時消えましたから。
今年も、雨による運転規制情報にヒヤヒヤする、季節到来です。
(京成電車は止まらないのになあ。)
[2375] 交博の青函トンネル :佐藤文俊
2004/06/08(火)14:48
もう、とっくの昔に開通しちゃいましたけど、昭和32年生まれの私らの世代にとって、青函トンネルと四国連絡橋は長ーーーい間の夢でしたよね。
交通関係の図鑑や少年雑誌にも想像図なんかが出てて、ホントにこんなモノ出来んのかよ、なんて思ってましたけど、それで想い出すのが交通博物館の青函トンネルの想像模型です。
1ミリ角位の建物が適当に並んでいる立体地図風の青森と函館の間に水色の海があって、その下にトンネルがあるのが輪切りの断面図状態になってると言う単純な展示ですが、ボタンを押すと、そのトンネル内をGゲージ位のサイズの列車がベルト駆動で走るんですよ。室内照明やヘッドライトが点いていて結構好きでしたが、それが最初はEF58が牽く茶色の旧客だったのが、何年かしたら、それが全部青色に塗り変わり、それからまた何年かしたらある日突然、新幹線風の近未来列車にすりかわっちゃったんですよ。昭和41年頃からトンネル開通までの交博の展示模型の歴史ですね。
[2376] 千葉と交通博物館 :さっしい
2004/06/10(木)20:50 [メール]
▼日本橋両国さん▼
過去に何回か千葉市内に泊まって、千葉公園や郷土資料館、千葉寺や青葉の森公園などを歩きました。多胡・芝山や東金あたりも好きでしたし、内陸では鶴舞・笠森寺、大多喜城・養老渓谷、久留里城・亀山湖なども歩きましたが、どこも気持の良いハイキングでした。だいたい、小学校の修学旅行も「房総半島一周」という大変贅沢な(?)ものだったんですよ〜
▼佐藤文俊さん▼
ありましたねぇ、いろんな動く展示物。上越線のループなんかも、山がゴォォ〜〜っと持ち上がって、内部が見えるようになってませんでしたっけ? ガキはボタンがあると押したがって。やたらめちゃくちゃに押し捲るやつもいるんですが、自分もそんなだったかな。でも昔は壊れているのも多かったような…
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[2377] ついに :kazuhi
2004/06/13(日)14:14
青森駅の青函連絡船側の跨線橋が解体され始めました。以前から通行止めになっていたので、いつかはこうなると思っていたのですが、いざ解体され始めると一抹の淋しさがありますね。
因みに、今朝は、5,6番線の階段あたりが骨だけになっていました。
[2378] 青森の記憶 :さっしい
2004/06/13(日)23:15 [メール]
▼kazuhiさん▼
ローカル情報ありがとうございます。
自分と青森とは、[2373]に書いただけの付き合いで、
往復とも夜、東北線と青函連絡船との通路を急いだ記憶しかありません。
時の流れと共に、駅の様相も大きく変わってしまっているのでしょうね。
新幹線の新青森(?)は、デルタ線の底辺の位置にできるんでしたっけ?
そのまま進んで青函トンネルを通る日は、本当に来るのでしょうか。
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[2379] 大変ご無沙汰しました。 :志村TC
2004/06/14(月)23:28
6月頭にPCがクラッシュしてしまい、なんともならぬ状態が続いていました。
で、結局最後の手段でリカバリCDの出動で完全初期化、なんとか復調しました。
おかげさまで現在は絶好調です。
さて本日、地元のサークルKでバンダイの食玩「スタートレイン」なるものをを購入しました。
JRのプラ製Nゲージですが結構よく出来ています。
今日購入したのは205系横浜線の先頭車ですかね「クハ205-66」です。対象年齢6歳以上、定価300円ですが、コストパフォーマンスの面から考慮したらすごく良くできています。
卓上に飾っておく分には申し分ない出来ではないでしょうか。201系中央線とかもなかなか良い出来です。
しかし、わたしの希望としましたら、全国の路面電車がこういった安価なシリーズで出てくれたらどんなにいいのになあ…といつも思ってしまいます。路面電車の模型化って商売にならないんですかねえ。今だったら食玩系で出ても程よく売れると思うんですがねえ、皆様どう思われます?
つらつらと独り言、失礼しました。
[2380] バンダイスタートレイン :TADA
2004/06/15(火)1:13
すみません、思わず横レスです。
地元中央線の201系ははずせないところなんですが、なぜかどこ行ってもこれだけないんですよね〜
やはり他の地域のコンビニ探さないとダメかな?
http://www.photoland-aris.com/kisya/
[2381] おっぱま :ラバーソウルみなみ
2004/06/15(火)20:32 [メール]
追浜と書いて、「おいはま」ではなく「おっぱま」
北海道の地名?なんて聞かれたこともありました。
読める人は、たいてい鉄道ファンでした。
京浜急行の写真。懐かしいを通り越して、心の涙がでました(なんのこっちゃ?)
追浜高校の放送部で、鉄道とビートルズと切手と恋(順不同)わはは・・・。
僕の家は安針塚にあったのですが、追浜からの帰り道、衝動的に特急に乗って
汐入(しおいり)、横須賀中央へとミニ旅行を楽しみました。ああ、百恵ちゃん。。
そして、渡辺真知子・・・・
心の中の、風景。当時のままですね。すてきな写真です。>今週の写真。
さすがに、僕が小学校のころは、「しょうなん田浦」ではなく「けいひん田浦」でした。でも、最近は「けいきゅう田浦」ですか? 最近といっても、昔ですが(笑)
さっしい。ありがとう!
http://rs373.cool.ne.jp/
[2382] 食玩ブームだそうで :さっしい
2004/06/15(火)23:17 [メール]
▼志村TCさん & TADAさん▼
「スタートレイン」とやらには、まだお目にかかっていませんが、
皆さんのお話によれば、なかなかの出来のようですね。
どの系列のコンビニでも売られているのでしょうか?
食玩にはあまり興味がなかったのですが、今度見てみようと思いました。
鉄道模型でも、以前は身近な国電やら東京の大手私鉄やら、
むしろ18〜20m車の編成ものの方が好きだったのですが、
今は1両でも走らせられるような、路面電車や小型車が好みです。
路面電車シリーズが出たら、買ってしまうかもしれません。
…と、それほど決意が必要な値段でもないようですけれどね。
>志村TCさん
パソコンは大変だったようですね。データは大丈夫だったのですか?
使っているうちにソフトなどがゴチャゴチャしてきて、不安定になり、
思い切ってリカバリでもした方が快適になるのでしょうが、
単なる引越しと違い、アプリの入れ直しなどはかなり面倒でしょうね。
ちなみに自分のPCは、HDD自体が不調ですので、何とも致し方ありません。
完全に壊れた時、すぐに新品を購入できれば良いのですけれど…。
店で見てきましたが、ワイド画面のテレビ付きなども魅力ありました。
http://homepage1.nifty.com/sassy/
[2383] 追浜か田浦でよろしいでしょうか? :さっしい
2004/06/15(火)23:18 [メール]
▼ラバーソウルみなみさん▼
ふふ、やはり「追浜」に反応してくれましたねぇ。
実はあの写真は、今まで35年間、場所を特定せずにいたのですが、
今回掲載するにあたって、何とか突き止めてみようとしました。
ネガは、長者ヶ崎への遠足の途中、八幡橋で横浜市電を撮った次のコマで、
この次のコマは、当時の「京浜逗子」の踏切での1000形の写真なのです。
そこで地図と照らし合わせると、京急田浦駅近くの船越町交叉点で、
国道16号から24号へ入って、三浦半島を横断したと推測できます。
写真自体は多少ぶれてしまっていて、文字の判読がしづらいのですが、
電柱には「横須賀信用金庫」の文字があるので、横浜市内ではないでしょう。
そうなると、追浜駅の手前と、追浜−京浜田浦間において、
線路に接近する地点が2〜3箇所かあるらしいのですね。
ですから、そのうちのどこかだろうと判断した次第です。
地元で育った観点からはいかがですか? もう少し特定できるでしょうか?
放送部とビートルズの逸話は、30年ほど前に聞かせてもらいましたっけ。
そういえば先日、久しぶりに「アンソロジー」のLDを全部見ましたよ。
個人的には「While My Guitar〜」のアコースティックバージョンが好きです。
僕個人にとっても因縁の深い「The Long And Winding Road」にしても、
「ヤァ!ブロード・ストリート」版が、しみじみとして好きだなぁ。
フィル・スペクターのストリングスも、あれはあれで良いのですけれどね。
http://homepage1.nifty.com/sassy/
[2384] 思い切りフリーネタですが… :志村TC
2004/06/19(土)0:08
さっしい様、皆様、こんばんは。
昨日、ちょっとマニアックなCD、2枚GETしました。
Vapから出ている「懐かしのTV漫画ミュージックファイル」のBGMコレクションで「宇宙エース」と「マッハGoGoGo」ミュージックファイルの2枚。
いやはやこの年になって宇宙エースのフルオリジナル版「星の炎に」が聴けるとは夢にも思わなかったです。懐かしさのあまり時間が止まりました。
私はどちらかというと虫プロ系で竜の子プロはいまいちだったのですが、この「宇宙エース」と「マッハGoGoGo」だけはジャンルを超越して、とっても好きでしてその主題曲は40年近くたっても忘れられない心に残るものでした。今回新譜で入手できたことは、なんてメディアの応用性の幅ができた事かと時代の進歩、流れを感じずにはいられません。
ちょっと前だったら考えられない事ですよね。
都電のグラフィックだって皆様のアルバムの中で永久に陽の目を見ない「お宝」だったかも知れないのにネット文化の潮流で多くの方の目に止まる…。こういう時代の進歩ってのは本当、ありがたく嬉しいものですよね。私は皆様に感謝しなくては、なんて思った次第です。
つらつらと失礼しました。
[2385] わが国鉄黄金伝説 :北イケの少年
2004/06/19(土)11:22
私が実際に少年の頃の話です。父が猪苗代に家族を連れてゆきました。時刻表を見て臨時列車
客車急行『ばんだい5?号』に乗るべく誘導しました。当然『雑形客車』を期待していました。
しかし現車はEF58牽引の12系で残念でしたが、黒磯にてEF81と交換。これだけでも回想に耽りえます。帰路気動車急行「いいで」が雪のため遅れ立ち往生。となりを黒磯行きの客車列車が通り、乗り換えたかったものです。実際私の「こどもオールドファン」はいまも変わらず、磐越西線でのスハ32,33、オハ35、オハ61に狂喜したものです。また赤羽にて一度だけ上野行きの、EF57牽引の普通列車を見ました。まだまだ最後期のクモニ13や配給車など当たり前でした。かの上野発、平ゆき425レの最終の時期に松戸までゆき、426レでとんぼ返りなぞしたものです。長くなりました。なんとなく終わります。
[2386] 蒸し暑いですねぇ〜 :さっしい
2004/06/20(日)18:46 [メール]
▼志村TCさん▼
TV漫画主題歌ですか、懐かしいですね。
その昔、同僚がカセットの全集を持っていたので借りて、
好きなのだけコピーさせてもらったことがありました。
「宇宙エース」はつい先日、再放送されていましたっけ。
夕方のテレビ埼玉あたりだったかな?
「巨人の星」の時はビデオに撮ってまで見ていたものでしたが。
先週からは「スーパージェッター」が始まりました。
確かに昭和後半は、世の中に元気があり、生活の向上を実感でき、
それでいて素朴で穏やかで、時代としては今より好きなのですが、
ネット社会という面では、仰るとおり今は便利な時代ですね。
市立図書館の蔵書検索など、自分も大いにその恩恵を被っています。
それぞれの良い所だけを、ちゃっかり享受して、
幸せを感じながら生きて行きたいものです。
▼北イケの少年さん▼
客車列車って良かったですね、台車の軽い響きや、ドアの開くデッキ。
北海道への往復も上野−青森間は客車でしたが、12系は座りづらかったです。
王寺−橋本間をのんびり揺られた、旧型客車の快適さが忘れられません。
昭和50年代は、まだ上野発の高崎線にも走っていたりしましたね。
停車前にドアを開けて、ホームに滑り込む様子を体感するのが好きでした。
一般運用の普通客車列車を味わった最後は、白河−黒磯間だったかな。
それももう、かなり前のことになってしまったわけですね。
先月と今月の「鉄道ピクトリアル」は、オハ35の特集でした。
http://homepage1.nifty.com/sassy/
[2387] 閑話閑題 :さっしい
2004/06/27(日)16:21 [メール]
珍しく、まる一週間、ここには何の動きもありませんでしたね。
かといって今日も、特別な話題はないのですが…
「映画館史」に関しては、まず自分が飽きてしまいましたし、
都電の話題にしても、今は細かい歴史の研究ばかりしているもので、
こういう場に書いても、今ひとつ興味を喚起できないでしょうし。
先日、テレビが壊れたので、新しいのを買いました。
7年後を考えて、地上波デジタル放送対応にしましたが、
液晶や、ましてやプラズマなど、高くて手が出ないので、
7年後には消えているかもしれないブラウン管型にしました。
重たいし奥行があって場所は取りますが、値段は半分で済みますので。
それにしても、デジタル放送はきれいですね。
普通の放送には特に期待してもいなかったので、かえって驚きました。
最近のテレビは、やたら輝度を高めているようなので、
やや渋めに調整して、落ち着いた色合いにして見ていますが、
充分に鮮やかで、特に透明色やグラデーションなどがいい感じです。
しかし今は、見たくなるような良い番組が、殆どありません。
見るのは専らニュースと天気予報と、たまに野球中継ぐらいでしょうか。
むしろ、ビデオやDVDを再生して見る方が面白いのです。
昔はドラマも映画もアニメも歌番組も、良く見たものでしたが。
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[2388] 京成電鉄3050形 :FS329S1
2004/06/27(日)22:45
さっしいさん、皆さんこんばんは。ご無沙汰しています。
3050形は京成3000系列の2次車で、昭和34年改軌時に26両
が生まれました。前年3000形は青電色で登場し、3050は
「赤電」として現れた最初のクルマです。まだ都営5000は
誕生前、特急開運号の茶色と濃緑色の一般車の中で上半モ
ーンアイボリー、下半部ファイアオレンジ、その間のステ
ンレス製モールに縁取られたミスティラベンダーの細い帯
は今までにない華やかな色彩で「赤電」の愛称で永年親し
まれました。青電3000も3050に合わせて塗り替えられ、形
態的にはヘッドライトと台車が違う位となりました。3050
は京浜急行デハ1000貫通型の窓の大きな初期車と似た表情
を持っていました。昭和35年の3100形ではシールドビーム
がオデコ2個となってさらに表情が一変します。
昭和44年の3050形はまだほとんど原形を保っていて、屋
根上の誘導無線アンテナが付いた程度、間もなく側扉のH
ゴム支持窓ガラスがラッシュ時対策として金属枠支持とな
り、モニタ屋根(二重屋根)を3200形以降と同じ普通屋根
、ベンチレータに改造、前面左側上の運行番号表示窓も撤
去されます。昭和51〜55年の更新でヘッドライト2灯化(豚
鼻)、半数が中間車となり、平成2年から3年にかけてラスト
の3075-3076を除き冷房改造。ヘッドライトが3100のように
ヘッドライト2個となるが、構造上オデコには取り付けられ
ず、少し下がって額の位置となる。平成6年9月に3059-3060
-3061-3062の4両1本が改軌35周年を記念して登場時の「赤電
色」に戻され95年2月に廃車となるまで走り続けた。
しかし、京浜急行1000や小田急2600と違い、京成は原形に
手を加え過ぎてカタチを崩すという悪いクセがあるため、復
活塗装とはいってもかなり違ったクルマとなってしまう。昨
年暮れ、北総開発で元3150のさよなら運転が行われたが、現
在の姿に全く興味のない私は行こうとも思わなかった。現在
の3200も修復不可能といえるほど別のクルマとなってしまっ
ている。昔の京成が好きな私としては残念である。
[2389] 京成といえばこの塗装 :さっしい
2004/06/28(月)19:56 [メール]
▼FS329S1さん▼
いつもながら京成に関して中身の濃い書き込み、ありがとうございます。
3100形以降の2個ライトは、関西風で新鮮味はあったのですが、
自分としては、やはり一つ目の方が落ち着いたスタイルに見えました。
仰る通り京成は、かなり思い切った外観の改造を実施してしまいますね。
昭和40年代は、自分が鉄道趣味にのめり込んで行った時期のせいか、
国鉄も私鉄各社も、この時代の塗装が一番好きでした。
http://homepage1.nifty.com/sassy/
[2390] 横浜市電に再会 :さっしい
2004/06/28(月)20:32 [メール]
先日、近くまで行く用事があったので、久しぶりに野毛山動物園を覗いてみました。以前から横浜市電1518が保存されていて、どうなっているか心配だったのですが、さすがに市が管理している施設内のお陰か、荒廃してはいませんでした。こちら側の車号は一つ欠けてしまっていますが。
もちろん開園時間のみ見学可(月曜休園)なのですが、入園は無料なので、横浜へお出かけの際は気軽に尋ねてみてはいかがでしょうか。京急日の出町駅から徒歩10分ほどです。インパクトのある動物は皆ズーラシアへ移動してしまったので、野毛山動物園自体の魅力は、今はあまりありませんけれど。(この時も市電だけ見て退出しました。)
ところで、これは携帯電話のカメラでの撮影なのですが、安いデジカメ画像と比べても何ら遜色無いようです。手の中に入ってしまうような機材の、しかもおまけの機能なのに、なかなか大したものですね。
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[2391] 車内が薄暗かった3050形 :日本橋両国
2004/06/28(月)22:34
さっしさん、皆様お久ぶりです。
FS329S1さんが詳細なコメントを紹介されていましたので、感覚的な事を書きます。
3050形って、車内蛍光灯にアクリルカバーが付いてませんでしたか?
デザイン上は良かったんでしょうが、その為車内が薄暗かった気がします。
特に地下鉄区間で顕著だった様な。。。
H日本橋駅でA草橋を発車した南行電車を待っているとき、
この3050形が来ると、真っ暗なトンネルに一灯式の前灯だけが見えるんです。
(大きめの白熱式前灯も、他の車輌に比べ暗く感じてました。)
3050形以外の車輌だと、トンネルが前灯に段々照らされてきて、
運転助手席側(?)の窓を通して、車内がおぼろげに見えるのですが、
3050形は車内も暗いせいか、全く見えませんでしたね。
近所の電車小僧仲間で「ボロ電」なんて呼んでました。
宗吾参道の車庫の片隅に保存されているのが、せめての救いです。
京成線では、新3000系と称する新鋭車輌が続々増備中です。
ステンレス製で懐かしい前灯2灯式ですが、隔世の感があります。
[2392] 大手私鉄では18m3扉車が好きでした :さっしい
2004/06/28(月)23:07 [メール]
▼日本橋両国さん▼
なるほど、ファンとして外観やムードを中心に見てしまいがちですが、
日頃利用する方にとっては、新しい車輛の方がずっと良いのでしょうね。
京王線で通学していた自分なども、趣味的には非冷房の5000系や、
1700〜2000系列のグリーン車(?)の方が好きではありましたが、
乗って快適なのは、やはり最新鋭の強力冷房車でしたからね。
関東型18m車、3扉片開きの側窓配置って好きなんですよ。
昭和40年代後半からは、各社とも20m4扉両開き車に移行していったようで、
みんな国鉄103系みたいな印象になってしまい、ちょっと残念でした。
その点、京成や京浜急行は、古き良き時代を守っていると言えましょうか。
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[2393] 上野駅南口 〜以前の都電の話題に関連して〜 :さっしい
2004/06/29(火)19:05 [メール]
京成の話題で思い出したのですが、
ひと頃、TADAさんやおすしさんの掲示板、そしてここでも、
都電の「上野駅南口」電停のことが話題に上ったと思います。
須田町方面(南行き)の乗り場は国鉄ガードの東側にあったのに、
浅草方面(東行き)の乗り場は西側で、京成上野駅の入口付近だったと。
(弊サイト「都電アルバム」29・36参照)
ところが先日、昔の路線図や地形図を見ていて気付いたのですが、
どうやら、その二つが別々の電停として存在した時期があったようです。
昭和10年代の一時期の路線図には、「上野公園」と「上野駅南口」との間に、
「京成上野駅前」という名の停留所が書き加えられています。
一部の系統案内図では、どちらもガードの西側のように表現されていますが、
それでは現実的でないので、当時の1万分の1地形図を併せて見ると、
実際には、ガードの西と東に分かれていたように考えられます。
昭和14年現在の電停一覧図(電気局三十年史)にも、そう表現されています。
つまり晩年の「上野駅南口」の東行き・南行き、それぞれの乗り場の位置です。
まだ詳しくは調べていないのですが、昭和12年修正測量の地形図によれば、
上野広小路−上野駅前間の、わずか6〜700mばかりの区間に、
「上野広小路」「上野公園」「京成上野駅前」「上野駅南口」「上野駅前」と、
実に、五つもの電停が連続して存在していた時代があったようですね。
戦後、その内の二つが統合され、しかし乗り場は分割されたという訳でしょうか。
「南口」電停が、晩年のような形になる前をご存じの方はいらっしゃいませんか?
もちろん、路面電車の停留所間隔は、元々短いものではあるのですが、
それにしても、平均170m間隔にも満たないとは…
統合された晩年にしても、充分短かったわけですけれどね。
そういえば、靖国通りへ移設前の新宿駅東口あたりもそうだったかな。
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[2394] 京成3050続き :FS329S1
2004/06/30(水)22:52
日本橋両国さんこんばんは。3000・3050の室内灯は仰るとおり、登場当初はグローブ付で3100も同様でした。蛍光灯剥き出しとなったのは昭和38年の3150形からとなっています。私は京成沿線で生まれ、新京成沿線育ちの為、室内灯のことまではわかりませんが、更新前のことでしょうか。700形が新京成に来た時、6両全車が当初グロ−ブ付だったのが、編成半分の3両が室内がグローブが外され、明るくなっていることに気付いたことがあります。3050形だけが最後までグローブ付きだったということなのか・・どなたかご存知の方がいらしたら教えていただけるとありがたいです。関東の通勤電車では蛍光灯剥き出しが圧倒的に多く、関西では近鉄、阪急等でグローブ付が多いようですね。今でもそうなのでしょうか。