[430] 目には青葉 さっしい 2002/05/03(金)17:16 [メール]
5月ですね、新緑が目に鮮やかです。庭の芝刈りをしたり、軽く野山歩きをしたりしてみましたが、どうもまだ鬱気が抜けません。つつじの花が少しずつ開き始めたり、玄関先の樫の木にメジロが巣を作って可愛い顔を覗かせていたりと、世の中はどんどん明るい季節へと向かっているので、何とかそれにあやかりたいものです。

▼RREさん▼
貴サイト開設1周年おめでとうございます。貴重な上に美しい写真が多く、いつも感心しながら眺めさせていただいてるんですよ。ただ、当方相変わらずのダイヤルアップなので落ち着かず、掲示板への書き込みなどができずにすみません。今回も拝見しましたが、武庫川の構図がいいですねぇ。それにしても不思議な路線ですよね。それから、野上へ行った小型車も、近鉄600系も、国鉄153系も、ついこの前といったイメージなのに、もう遠い日々になってしまいました。ちょっと感傷です。

▼lectorさん▼
ここは別に「鉄道掲示板」じゃないですから、何でも書いてくれていいんですよ。ただ、管理人の僕自身の守備範囲を超える話題だと、適切なレスができなくて申し訳なく思うだけです。最近のガキ…いえ、お子様に対する感覚などは、僕もlectorさんと似ているのかもしれません。というよりも、世の中の風潮に対してでしょうかね。それはともかく、わしらも若い頃には色々な機材を使って遊びましたっけ。文系の自分としては、理系のlectorさんに憧れていたものです。(あ、変な意味じゃなく〜)

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[431] lector 2002/05/03(金)17:59 [メール]
▽さっしいさん▽
鉄道掲示板じゃない、とのお言葉を戴いて少し肩の荷が降りました。
なんかルール違反をしているようで後ろめたかったんですよ。
さっしいさんは文系と言いながらレオスタットなど一般の文系の学生は見た事もない道具など択山使っていらしたじゃないですか!
そのあとはトランジスタ制御でしたっけ?
何よりも私が懐かしいのは確かあれは私が秋葉原で発見したんだけど残響コイル。
覚えていますか?
今なんかマウスをチョコっで出来る事だけど・・・
残響コイルを知っている人は今日本に何人位いるのでしょうかね・・・


[432] また救急車に乗りました・・・。(泣) に〜みや 2002/05/08(水)13:03 [メール]
 ご無沙汰しております。5/1付けで会社の組織再編があり、人事異動でドタバタしており、
私の方もやはり胃の具合が悪く、5/1の夜に気分が悪くなり、結局救急車で病院に行くハメに
なりました。ただ気分が悪いだけでなく、不安感から軽いパニック発作的な状況に陥ったので、
このままでは気を失うかも知れないと思い、救急車を呼ぶという選択に至った訳です。
 実際、胃の具合が悪いのは確かですが、症状はほとんど精神的なもので大した事もなく、一晩
入院しただけで翌日には退院しました。
 前回は内科の第1病棟が一杯で他の病棟へ入院したのですが、今回はすいていたらしく第1
内科の病棟(西8階)へ。前回と違う病棟なので、前にお世話になったあのカワイイ看護婦さん
には逢えない。(わざわざ行くのも彼女に迷惑がかかるかも知れないし、体力的にも精神的にも
ウロウロしているような余裕がないので・・・。)
 でも今回、5年前に入院した時にお世話になった別の看護婦さんと再会した。彼女は当時、
新米の看護婦だった。(前回お世話になった看護婦さんは、5年前当時実習生だった。)彼女は
いつも優しい笑顔で応対してくれ、また、保母さんが小さい子供に接するように、患者の目線に
合わせてわざわざしゃがんで話を聞いてくれたりする、素敵な人です。5年振りに逢いましたが
彼女はやはり私の事を覚えてくれていました。それがちょっと嬉しかったりする・・・。
別にただそれだけの事なのにね・・・。(笑)


[433] それは大変でしたね。 lector 2002/05/08(水)14:25 [メール]
▽に〜みやさん▽
 それは、大変な思いをされましたね。
私がどうして、に〜みやさんに親近感を感じるのかな?と思ったらやはり、そこいらみたいです。
 私は28歳の誕生日から2カ月ぐらい経ったある日なのですが月次締やら航空自衛隊に送信するデータやらなんだらかんだらで物凄く仕事が輻輳した事があるんです。
 当時の課長はストレスのあまり胃潰瘍で入院し副部長が代行。
 社内で各部門間に重大な連絡事項がある時にだけ出す[事項通知]という書類を副部長が作成し
「各課長宛 業務遂行困難の件 首記の件、当課においては業務が輻輳し・・・」
あとは忘れましたが、そこで初めて輻輳なんて難しい言葉を私は覚えて・・・
 要は「あんたの課の仕事はもうできません」という状態でした。
 副部長じゃ仕事は分かりませんから私は完全に孤立無縁。
 その時に過換気症候群というパニック発作を起こして会社の病院に担架で運ばれ・・・が私が今の私になってしまった悲しい出発点なんですよ。(号泣)
 くれぐれも、お大事にしてください。
 あと、つまんない事ですが日本にもう【看護婦】さんという職業の方はおりません。【看護師】さんです。男も女も。
 去年、自民党の清水某という女性議員が議案を提出してそうしちゃいました。
 看護婦さんて、いい響きなのに残念です。
 私にも女の看護師さんがメールだけの、お付き合いですがおります。
 彼女は幾ら法律で看護師にしたって永遠に看護婦さんて男は呼ぶでしょう…と書いていました。
 すみません、私も入院8回の強者ですから看護婦さんの話題だと長くなってしまって。

http://sst.gaiax.com/home/lector

[434] 看護婦さんは看護婦さんでしょう さっしい 2002/05/08(水)19:22 [メール]
▼lectorさん▼
いいですよぉ、いろんな話題を提供してくださいな。
レオスタットっていうのは、鉄道模型のコントローラーには必ず装備されていた単なる可変抵抗器で、パワーパック自体、変圧器、セレン整流器、それにレオスタットと逆転スイッチ、それだけのものだったんです。単純でしょ? サイリスタやトランジスタ制御の方は、結局自作にまでは至りませんでしたが、今ではトラコンなども普通に市販されているようです。残響コイルも懐かしいですね。エコー装置を自作しましたっけね。FM送信機なんかも、基板を買ってきて自作したものでした。こう見ると僕も理系っぽかったのかな? ま、小学校の時は科学クラブに所属してましたが。今思えば、理系の道を歩んだ方が良かったような気がします。古典文学専攻じゃ食えましぇ〜ん。
ところで、看護婦さんはやっぱり看護婦さんって呼びましょうよ〜。日常生活が法律用語に左右されちゃかないませんや。

▼に〜みやさん▼
おやおや、また大変でしたね。精神的なものから来る胃炎って、わかりますよぉ。自分も随分ストレスを溜めています。
偶然ですが僕もちょうど今日は、久しぶりに胃潰瘍の薬をもらいに病院に行ってきたところでした。でも、今日はいつもと違う先生だということだったのですが、それが何と、可愛い(と言っちゃ失礼かな?)女の先生だったんでびっくり。もっとも、ほんの短い問診だけなんですけどね。それでもラッキーという感じでした。いつもの先生ごめんなさい〜
ともあれ、に〜みやさん、くれぐれもお大事に。ストレスを溜めないためには、とにかく適当に、いい加減に生きちゃうのが一番いいようですね。でも、なかなかそれができないんですよねぇ。

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[435] lector 2002/05/08(水)20:27 [メール]
▽さっしいさん▽
広い心で脱線をお許し頂き有り難う御座居ます。
しかし間違っても私がいつもさっしいさんに出しているメールの様な脱線、転覆な書き込みはしませんから御安心くださいね。
(微笑)
さっしいさんは、やはり私の尊敬する文学の大先生ですから文系で宜しかったのでしょうが理系もこなすマルチプレイヤー。
現在は付加価値を高めるというのが各企業の命題で何でも出来る人ってのが求められている時代です。
さっしいさんは老いた(失礼!でも私も)付加価値マルチプレイヤーさんです。
私の先生だから、つい褒め過ぎちゃいますf^_^;


[436] lector 2002/05/08(水)20:51 [メール]
▽さっしいさん▽
PHSからだから分割で書いています。
Yahoo!JAPANでキーワードを[看護婦]にしてページ検索をかけると先程現在では約312000件ヒットするのですが上から6番目位からエライ事になり始めてしまいます。
清水某議員が看護師にしたのは、きっとそういった理由もあると私は憶測しています。

が、しかし、絶対に看護婦さんは女性看護師ではなく看護婦さんと呼びましょう!!
これは、に〜みやさんにもお願い致します。


[437] 赤電 西宮後 2002/05/08(水)21:31 [メール]
西武の赤電ですか。
去年101系が赤電塗装になって池袋線を走ったときに見に行きました。
それから少し後には近江鉄道の1系さよなら運転にも乗車しました。
また、昔小田原に住んでいたときは伊豆箱根大雄山線も走っていましたし、西武鉄道自体は去年が初乗車だったのですがけっこう縁のある色です。

http://isweb40.infoseek.co.jp/photo/nisimiya

[438] またご心配を・・・。m(_ _)m に〜みや 2002/05/09(木)13:01 [メール]
 さっしいさん、どうもです。またまたご心配をおかけしております。

>おやおや、また大変でしたね。精神的なものから来る胃炎って、わかりますよぉ。自分も随分
>ストレスを溜めています。
>偶然ですが僕もちょうど今日は、久しぶりに胃潰瘍の薬をもらいに病院に行ってきたところで
>した。でも、今日はいつもと違う先生だということだったのですが、それが何と、可愛い
>(と言っちゃ失礼かな?)女の先生だったんでびっくり。もっとも、ほんの短い問診だけなん
>ですけどね。それでもラッキーという感じでした。いつもの先生ごめんなさい〜
>ともあれ、に〜みやさん、くれぐれもお大事に。ストレスを溜めないためには、とにかく適当
>に、いい加減に生きちゃうのが一番いいようですね。でも、なかなかそれができないんですよ
>ねぇ。

 会社の組織が変わって、新しい部署へ異動になった訳ですが、元の職場が吸収合併される先の
組織へ移るので、業務自体は余り目新しいものはないのですが、組織がゴロっと何もかも変わり
責任の所在やドコの担当や部門が何の業務を担務するかがまだ完全に固まってないという非常に
呆れた状況です。組織移行準備本部まで作ってたのに、何でこんな事になるのでしょうか?全く
何という会社でしょう・・・。(呆)このままでは、また胃が悪くなりそうです。(泣)
 今月で私の主治医が代わるんですよ。でも、カワイイ女医サンにはなりそうにないですねぇ。
あぁ、うらやましい・・・。
 それにしても、いい加減にやるというのはなかなかできませんねぇ。他人がいい加減にして
いた事の尻拭いをする事は度々あるのですが・・・。

 lectorさん、どうもです。

>その時に過換気症候群というパニック発作を起こして会社の病院に担架で運ばれ・・・

 実は私もその「過換気症候群」という奴ですわ。単なる心理的なパニック発作なんですけど、
不安感を抑え切れなくなってしかも誰も助けてくれない場合、最後には失神してしまいます。
いつも精神安定剤と小さなビニル袋を持ち歩いています。何だかシンナー中毒患者みたいです。


[439] 病気とか何とか言いながら・・・。 に〜みや 2002/05/09(木)16:50 [メール]
 GW後半は実家で何もする事がなく、また、部屋に篭もってばかりだと余計に気が滅入るので
思い切って出掛ける事にした。長くなってしまうが、以下はその旅行記?である。

 快速「サンポート」乗車リポート

 5月5日のこどもの日、天気も良いのでヒマ潰しついでに快速「サンポート」に乗りに
出掛けた。というのも、夕方の上り1本だけが阿波池田始発のディーゼルカーで、キハ58+
65×2の4連で運転されるからである。快速運転区間では、往年の急行のような豪快な走りが
期待できるに違いない。
 昼飯を食ってからブラリと実家を出た。板野を14:07に発車する4345Dに乗り、まずは徳島
へと向かう。列車番号が4000番台の列車は原則的にワンマンなのだが、何故か1000系の2連で
車掌が乗っている。時刻表にもワンマンと記載されていたが曜日限定のワンマン表示でも
なかった。恐らくGW期間中なので1両増結して車掌が乗務しているのだろう。鳴門線との
接続駅である池谷を出ると、車掌の検札が始まった。こんな田舎の普通列車で検札とは・・・。
 徳島14:36着。1番線にはもう徳島線の特急「剣山7号」が入線している。キハ185系の
2連。しかもトイレ付きの1番台同士である。前2号車が自由席、後ろ1号車は一部指定の
禁煙車である。一部指定とは言っても、4席×4列の都合16席分のみが指定席で、残りは
自由席らしい。
 この日の剣山の編成は、JR四国色(スカイブルー帯)であるので、製造当時の座席のままで
ある。もし剣山色(スカイブルーと濃いブルーの帯)の車両だったら腰掛整備工事を施工済み
だったのに。
 14:55、定刻に17D「剣山7号」は徳島を発車した。最初の駅である佐古を過ぎたところで
高徳線と別れる。佐古を通るのは2度目である。佐古には特急が停まらない為、特急乗り継ぎの
場合に限りこの区間の重複乗車が認められているので別に問題はない。これと同様に、特急から
鳴門線へ乗り継ぐ際にも、池谷を通過し、次の勝瑞に停車する特急の場合に限り池谷〜勝瑞間の
重複乗車が認められている。
 車内は乗客も少なく、座席は半分も埋まっていない。次の蔵本が最初の停車駅。元々、急行
「よしの川」だった頃は停まらなかったのだが、JRになった後に急行「よしの川」の停車駅に
加えられるようになった駅である。特急格上げ当初は一部が停車しただけであったが、今では
全ての特急が停車するようになっている。
 実は今回のこの旅、快速「サンポート」に乗る為だけに乗り歩きをしているのではない。
5月17〜19日に徳島線・徳島〜阿波川島間で「SL阿波四国三郎号」が走るので、その撮影地
の下見を兼ねているのである。蔵本を出て石井や下浦辺りまで、鴨島を出て西麻植辺り等に
田んぼがひらけていて撮影には好適かも知れない。電信用の柱は線路の南側に建っているが、
太陽光線の当たる角度によって電信柱が被るのを我慢してでも南側から撮る事になるのか、
それとも柱を気にせず北側から撮れるのかは実際に撮影してみないとわからない。徳島を出た
あたりから曇り始めてきたので、影の具合で光線の角度を全く判断できなかったのである。
まぁ、それよりも、撮影当日に雨が降ったりしない事を先に心配しておかなければならない
だろうけど・・・。
 「ご入学」の縁起物の入場券で知られる学や次の山瀬では35キロ制限のY型ポイントがあり、
せっかく調子良く走っていたのにその足が極端に鈍ってしまう。高徳線等ではY型ポイントを
やめて通過列車は分岐器の直線側を通過する1線スルー方式に改良されているので、交換駅でも
さほど減速せずにスイスイ通過していく。徳島線でも同様の高速化改良工事が早晩必要となる
だろう。
 驚いた事に「剣山7号」は阿波山川にも停まる。交換設備もない1面1線の小駅で、元々、
急行の停車駅ではなかったハズ。時刻表を見てみると、全ての特急「剣山」が停まるように
なっている。急行だった頃より停車駅が増えているので、特急格上げは体裁の良い料金値上げの
ような気がして仕方がない。
 列車は吉野川の雄大な流れを横に見て一路西へとひた走る。沿線には竹やぶが多いが、これは
古くから吉野川の治水対策として、堤防の補強の為に植えられているものであるという。
 進行方向右手に高速道路の徳島道が寄り添うようなかたちで併走する。しかし、道路には
1台の車も走っていない。GWの連休中にこの有り様では以前新聞に「赤字のお荷物路線」と
酷評する記事が載ったのも仕方がないなぁと思っていたのだが、家に帰って徳島ICに勤務して
いる親父に聞くと、ちょうど私が見た時間帯の少し前にその区間の近くで事故があって通行止め
だったという。道理で1台も車が走ってない訳だ。(笑)
 列車は佃へと差し掛かる。右手後方から土讃線が合流し、駅を出たところで線路はまた単線に
なる。もうすぐ阿波池田。案内放送が始まる。阿波池田16:03着。19分の連絡で16:22発の高松
ゆきに接続する。実はこの列車が琴平から快速「サンポート」になるのである。阿波池田までの
切符しか持ってない私は一旦改札を出て高松までの切符を買い直し、再び改札を済ませてホーム
へと戻る。
 構内には、「大歩危トロッコ」用の緑帯のキハ185 20とトロッコ車両のキクハ32 501が
休んでいたので3・4番ホームへ渡って何枚か撮り、1・2番ホームへとって返して高松ゆきの
入線を狙う。とりあえず2、3枚シャッターを切ってはみたものの、暗かったのでちゃんと
写し止まっているかどうかはわからない。トイレに行きたかったのだが、発車時刻が迫っていて
行けなかった。四国のキハ58は通勤化改造と称してデッキの仕切りとトイレ・洗面所を撤去、
その付近の座席をロングシートに取替えているので、トイレは高松まで我慢するハメに・・・。
 さて、この日の254D高松ゆきの編成は高松方から、キハ58 773+キハ65 26+キハ58 301
+キハ65 28であった。検査上がり直後なのか、キハ65 26だけがやたらピカピカで、他の
車両と色が違っていて何だか1両だけ浮いているような感じであった。
 まずは3両目のキハ58 301に乗り込む。所属は松山ながら、以前は徳島地区でもよく走って
いたので、何度も乗った事があり、少し懐かしい気がした。平窓車ながらスカート付きという
珍車で、ファンの間でもちょっと名が通っているクルマである。編成の中間に挟まっているのが
非常に惜しいところ。今度は是非この4連の先頭を飾って欲しいものである。
 16:22、定刻に254Dは阿波池田を出た。まず最初に停まるのが佃である。佐古と同様、佃も
2回目である。ここで徳島線の下り阿波池田ゆき普通列車457Dと交換する。という事は板野を
14:07に出る4345Dを佐古で降りてこの457Dにスグ乗り継げば佃でこの254Dに間に合うという
事になる。でも、出来れば始発の阿波池田から乗りたいので、特急料金の1,150円を奮発した
だけの甲斐はあると思っているのは自分だけかなぁ?
 佃を出ると大きく左にカーブして徳島線と別れ、長〜い鉄橋で吉野川を渡る。列車は速度
制限があるのか、ヒドくゆっくりである。やがて鉄橋を渡り終えると再び列車は左へカーブし、
西へ向かって山道を登り始めた。運転士はノッチを入れ直し、エンジンは低い唸り声を上げ
始めるが、列車の速度は上り坂のせいか一向に上がらない。いよいよ猪之鼻峠超えである。
 やがて箸蔵に到着。ここは箸蔵寺の門前町である。箸蔵寺へはロープウェイを2つ乗り継が
なければならない。箸蔵の駅では、お遍路さんなのかハイカーなのかよくわからない中途半端な
格好をした老夫婦が乗車しただけだった。
 箸蔵を出ると再び急な上り勾配が待っている。254Dは低く唸りながらあえぎあえぎ登って
ゆく。時折、空転防止の為か運転士はノッチを戻す。すると列車は歩くような速度にまでぐっと
スピードが落ちる。再びノッチを入れ直して再力行。上り坂との苦しい闘いが続く。車掌は案内
放送で「次の坪尻は通過します」と繰り返しアナウンスしている。列車はいくつかのトンネルを
抜け、右に左に身をよじり坂道を登ってゆく。
 坪尻は上り坂の途中のスイッチバック駅である。たった1本しかない待避線にホームがある
ので、ここで列車交換がある場合には、先にここに到着して待避する列車しか停車する事ができ
ない。坪尻のホームでは261D・キハ32+キハ54の2連が4連の254Dの通過を待っていた。
待避線で待たされている261Dの乗客の目には、急行形4連の254Dは在りし日の急行「土佐」や
「あしずり」のように見えたかも知れない。
 坪尻を過ぎるとサミットを超えるので列車の足取りは軽くなる。運転士は慎重にブレーキを
操作して速度が出過ぎないようにしている。次は讃岐財田。ここで4分停車し、下りの特急43D
「南風13号」を待つ。ここで編成の各車両の車番を控えながら先頭のキハ58 773に移ってみる
事にした。
 讃岐財田を出ると黒川、塩入と停まり、いよいよその次が琴平である。ここから254Dは快速
運転となる。前面には四角い「快速サンポート」のヘッドマークも付く。ヘッドマークを付けて
いるところを撮りたいが、停車時間が短いので諦める。次の善通寺で快速「サンポート」同士の
列車交換があるので少し停まるのかなと期待したが結局すぐに発車するようなのでまた諦めた。
金蔵寺では交換もなく、すぐの発車。
 思い切って多度津で1度降りて撮影を敢行してみる事に決定。とりあえずホームから2、3枚
スナップ。暗かったが時間的な余裕がなく露出はカメラまかせになってしまった。仕上がりが
心配だが仕方がない。車掌が手笛を吹いているのですぐにまた飛び乗る。
 「快速サンポート・高松ゆきです。停車駅にご注意下さい」との再三のアナウンス。列車は
坂出を出ると速度を上げた。次は端岡までノンストップである。昔の国鉄時代と比べると線路
状態が良くなっているので走行音も少し静かになって車両の揺れも多少は少なくなって快適では
あるが、多少物足りない感じもしなくはないなぁ・・・。
 列車は最後の停車駅、端岡を出た。香西の手前の第5閉塞信号が停止現示だったのでしばらく
停車。停止から注意に変わりようやく発車。終点高松はもうすぐである。
 17:59、定刻に254Dは高松駅3番ホームに滑り込んだ。到着してすぐヘッドマークは外して
しまったらしく、キハ65 28のヘッドマークの付いた姿を撮影する事ができなかったが何枚か
他の車両もスナップし、キハ185系の特急9025D「いしづち25号」等を撮るがさすがに暗く
なってきたので、撮影は終了。
 一旦改札を出て高松築港駅へ向かう。時間潰しと新しくなった時刻表をもらう為である。再び
高松駅に戻り、高松18:47発、特急83D「うずしお23号」徳島ゆきに乗る。3両のうち前2両が
2000系試作車のTSEで、後ろ1両がN2000系(2400番台)の凸凹3連である。比較的空いて
いた中間車の2201に乗る。日が暮れて夕闇が迫る。
 最初の停車駅、栗林の手前で琴電の琴平線をオーバークロスする。ちょうど、高松築港を
18:45に出た253レ仏生山ゆきが1080形ばかりで4連を組んで走り去っていった。
 「うずしお23号」は造田で上り普通列車との離合の為に運転停車。辺りは暗闇に包まれる。
列車はエンジンの唸りも勇ましく南を目指す。大坂峠を越えると、板野はもうすぐ。
 板野19:41着。疲れたがキハ58の走りっぷりには大満足でした。


[440] おはようございます! に〜みや@携帯 2002/05/11(土)5:03
徳島の実家にいます。4時に起きて近くの板野駅まで来週のSL列車に
使う機関車の回送を見てきました。実は事前に回送ダイヤを教えて
もらっていたのです。徳島に5:01着との事だったので板野は大体4時半
過ぎに通過となります。予測通り
4:36に回送は通過しました。
編成はDE10 1184+C56 160+マイテ49 2(組成の都合上マイテは逆向き)
でした。眠いのでこれからまた寝ます。


[442] 西武の赤電拝見です! RRE 2002/05/11(土)18:07 [メール]
さっしいさん 今晩は!
連休明けから早1週間経過しましたが、こちらは休みボケからなかなか身体も気力も回復
しない毎日を過ごしています。

西武と言えばこの赤い塗色なのが当たり前でしたが、もう復活の記念列車が話題になる
時代になるとは信じられません。それとこの国分寺から所沢にかけての周辺は、西武の
路線網が複雑に入り組んでおり、運用系統がなかなか把握できなかったのが興味深かった
ですね。

所で、連休中は久しぶりに近江鉄道にふらっと行ってきました。彦根駅の跨線橋から見下
ろすと駅の裏手の構内に幾つかの留置線があり、西武系の旧車やEL等貴重な休車・廃車群
がもう所狭しとぎっしりと並べられていました。きっと西武ファンにはこたえられない
光景だと思います。
許可をもらい構内撮影に行きましたが、余りにもぎゅうぎゅうに詰められているのと、
気持ち悪いぐらいの蜘蛛の巣だらけと、小雨混じりの天候で、うまくカメラに収めら
れなかったのが残念でした。

http://users.hoops.ne.jp/r2e

[443] 得意と言うべきものが無くて さっしい 2002/05/11(土)20:27 [メール]
▼lectorさん▼
なるほど、鉄道趣味サイトで脱線転覆ですか。lectorさんらしい修辞法ですな。しかし「文学の大先生」って誰のことですかぁ? そもそも僕は理系も文系もどちらも中途半端で、結局は何も究められなかった「どっちつかず人間」っていうことですよ〜。考えてみれば古典文学専攻ってのも怪しいもんだし、「平家物語」が異常に好きだっていうくらいですかねぇ。う〜ん、諸行無常です。やっぱり看護婦さんのお世話になりたいかも…

▼西宮後さん▼
西武赤電にしても碌な写真が無くてお恥ずかしい限りなのですが、山口線のおとぎ列車だけじゃ西武ファンに申し訳ないので、今回あえて登場させました。振り返ってみると、西武のカラー写真って殆ど撮っていないんです。新宿・高田馬場間の山手線の車窓から、7年間も見続けていたんですけどね。それにしても、HP開設当初は大手私鉄の昔の写真(白黒中心)の紹介も予定していたのですが、ローカル私鉄も含め、最近は全然更新が進みませんねぇ。

▼に〜みやさん▼(二重投稿になっていたので、片方を削除させていただきました)
とりあえず元気そうなので安心しました。まぁ、体のこともありますので無理をなさらないように。しかし鉄道に寄せる情熱は羨ましい限りです。4時に起きてなんて、学生時代ならいざ知らず、今はもうそんな元気は自分にはありません。ゆったり座ってのんびり揺られ、飲み食いしながら車窓を眺める、今はそういう楽しみ方で満足してしまいます。
ところで大坂越えって、確か義経が屋島を攻めたときに通ったルートですよね。高徳線は一度しか乗ったことがなく、そのときは眠くて眠くて仕方なかったので、せっかく通ったのに残念ながら印象に残っていませんでした。

▼RREさん▼
あの辺一帯は西武の路線のミステリーゾーンみたいな地域ですね。路線図を覚えるのが一苦労、しかも歴史的には更に多くの変遷を経ているようですね。上水線が新宿線と繋がって拝島線になったなんていうのも、僕の中では、まだまだ「最近」の出来事です。ちなみに、小学校の遠足では、よく西武新宿からの貸切電車に乗ったものです。所沢でスイッチバックして飯能方面へ直通したときなど、子供心にもゾクゾクしたものでした。
近江鉄道も、かなりミステリアスですね。じっくり訪れたい鉄道の一つですが、なかなか機会がありません。

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[444] 今日は本線試運転 に〜みや@携帯 2002/05/12(日)11:16
昨日は昼から徳島駅でC56の転向と構内試運転を撮影しました。
今日からいよいよ徳島線での本線試運転が始まるので、これから
撮影に出掛けてきます。もう、はやる気持ちを抑えきれません!


[445] 大満足でした♪ に〜みや 2002/05/13(月)12:53 [メール]
 さっしいさん、どうも。まづはレスから・・・

>とりあえず元気そうなので安心しました。まぁ、体のこともありますので無理をなさらない
>ように。しかし鉄道に寄せる情熱は羨ましい限りです。4時に起きてなんて、学生時代なら
>いざ知らず、今はもうそんな元気は自分にはありません。ゆったり座ってのんびり揺られ、
>飲み食いしながら車窓を眺める、今はそういう楽しみ方で満足してしまいます。
>ところで大坂越えって、確か義経が屋島を攻めたときに通ったルートですよね。高徳線は一度
>しか乗ったことがなく、そのときは眠くて眠くて仕方なかったので、せっかく通ったのに残念
>ながら印象に残っていませんでした

 そうです!我が街、板野は平家物語に登場するのです。確か「郡頭駅」という名前の宿駅と
して登場していたハズです。四国霊場八十八ヶ所第3番札所「金泉寺」の境内には、弁慶が持ち
上げたとされる巨石、「弁慶の力石」が残っています。(真偽の程はアヤしいもんだが。)

 昨日、「SL四国阿波三郎号」の試運転、試9425レ〜試9426レの撮影に行ってきました。
天候も良くひどく暑い一日でした。気温よりも何よりも私と同行したI氏のテンションは常に
上がりっぱなしでアツいアツい!!遠くの方で煙が上がり、更にボーッ!と汽笛が鳴るともう、
居ても立ってもいられません!C56の咆哮、本当にシビれましたねぇ。久々に燃えました。
DE10の補機も付かず、C56+ムーンラート高知用12系G車×4両+マイテ49の編成でした。上りは
C56はバック運転で(制限65キロ)当然マイテ側に付いて牽きます。12系は、座席車のみで
カーペット車(2両ある)は付いていません。
 写真の方は、先程ラボへ現像に出しに行きました。3時頃には上がるらしいので、会社が
終わってから夕方に取りに行く予定です。
 他にもキハ185系「うずしお」「剣山」や、キハ47×4連の高徳線夕方の高松ゆき、
簡易検測車のキハ40 2147(スカートに検測装置が付いており、検測走行する際には車内に
測定・記録機器を持ち込むようである。普段は他車同様、普通列車に使用されている。)や、
キハ47 500/1500番台初期車の履いている試作台車を撮影しました。
 17日からはSL列車の本番ですが、多分大勢のファンやら一般人やらが沿線に沸くでしょう
から、まぁ、お遊び程度に撮るというつもりでのんびり構えています。昨日の試運転が結構、
良かったので、もうそれで満足と言えば満足なんですけどね・・・。


[446] 懐かしのNSE!! 西宮後 2002/05/13(月)23:05 [メール]
小田急ロマンスカー、しかも3100系ですね。
小田急沿線生まれの者としては特別な思い入れがある車両です。
幼稚園の年中までは栢山に住んでおりアパートから小田急線がよく見えました。(今思うとベランダからカメラを構えたいくらいの場所でした)
今でもうちでは「ロマンスカー」と言えば鉄道に興味のない父母も合わせてまず3100系を連想するようです。
僕が初めて買ってもらったおもちゃ自体がNSEでしたし・・・。(現存してます。)
この前東京から帰るときに開成、栢山を16年ぶりに訪れ保存されていたNSE車の先頭車と再会しました。
床下が妙に寂しくなっていましたがその前に立つと懐かしさが込み上げついついフィルムを大量に消費してしまいました。
因みに同じ日のその少し前に厚木で相模鉄道6000系の解体に出くわしました。
どうも元「ほほえみ号」だった車両のようです。
憧れの車両で何度か家族で乗りに行こうとし結局外れてばかりいたのでした。
僕の昔好きだった車両が解体・保存と現役から外れていくのを見ると時の流れを感じます。
いつのまにやら僕ももう二十歳だし・・・。

http://isweb40.infoseek.co.jp/photo/nisimiya

[447] 鉄道のある人生 さっしい 2002/05/15(水)21:54 [メール]
▼に〜みやさん▼
しっかり鉄道青年(?)してますねぇ。いいことです。バスケットよりは楽でしょうか?
で、やはり「平家物語」の舞台でしたか。でも実は弁慶って「平家物語」中にはあまり登場しないし、活躍もないんですよね。屋島攻めの際も、伊勢三郎義盛の活躍ばかりがクローズアップされています。武蔵坊弁慶は実在の人物ではあったらしいですが、あの人物像は「義経記」あたりで作り上げられたようですね。それにしても「弁慶の○○石」って、至る所にあるようですね。義経とともに、それだけ庶民に愛されてきた国民的英雄というわけでしょうか。

▼西宮後さん▼
小田急ロマンスカーといえば、初代は3000系SE車ということになりますが、幼稚園の頃に一度乗せてもらったはずなのに、自分の記憶には残っていません。SSEに改造されてからは無骨なスタイルになってしまいましたね。大井川鉄道ではもう少し何とかならなかったのかと残念です。そしてやはり僕の「鉄道少年」時代の主役は、3100系NSE車でした。「ピンポンパンポ〜ン」の警笛は、時代とともに沿線の騒音公害となってしまったようですが、名鉄の重厚な音とは違い、軽快で上品な感じがして大好きでした。実物はもちろん、キングのレコードでも、何度も聴いたものです。
また、相鉄の「ほほえみ号」といえば、緑園都市に通勤していた時代が懐かしく思い出されます。鉄道車輛って、それぞれの人生と密接に結びついているものですね。

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[448] 鉄道、それは我が人生?! に〜みや 2002/05/16(木)13:01 [メール]
 さっしいさん、どうも。

>しっかり鉄道青年(?)してますねぇ。いいことです。バスケットよりは楽でしょうか?

 バスケより「鉄」の方が楽ですね。何と言ってもムリしないで出来ますし・・・。(苦笑)

>で、やはり「平家物語」の舞台でしたか。でも実は弁慶って「平家物語」中にはあまり登場
>しないし、活躍もないんですよね。屋島攻めの際も、伊勢三郎義盛の活躍ばかりがクローズ
>アップされています。武蔵坊弁慶は実在の人物ではあったらしいですが、あの人物像は
>「義経記」あたりで作り上げられたようですね。それにしても「弁慶の○○石」って、至る
>所にあるようですね。義経とともに、それだけ庶民に愛されてきた国民的英雄というわけで
>しょうか。

 話に尾ひれが付いているというのは、それだけ庶民に愛されているという事の表われなんで
しょうね。三国志の諸葛亮なんかもかなり脚色というか大袈裟というか、ある事ない事というか
色々事実とは違う事も含めて逸話が多く残されていますし。
 「弁慶の力石」ですが、我々檀家衆の間では、もっぱらどこぞの石材屋に適当な岩石を持って
こさせたもんだというウワサがまことしやかに流れています・・・。


[449] アップのお知らせ! RRE 2002/05/18(土)17:53 [メール]
さっしいさん 今晩は!

小田急のNSE拝見しました。美しい場所に洗練されたスタイルが良いですね。
私は伊豆箱根観光の帰りに一度だけ乗りましたが、先頭車のカブリツキは出来ませんでした。
確か、日東紅茶だったか、車内販売の宣伝があった様な。

所で、本日以下の3コンテンツをアップしましたので、どうぞご笑覧下さい。
  南海電鉄の異端児:南紀直通列車
  道産子キハの天下:茨城交通
  21世紀の大変革:中国・長春の路面電車

http://users.hoops.ne.jp/r2e

[457] メロディーホーン aatw 2002/05/19(日)0:29 [メール]
昔の小田急ロマンスカーはメロディーホーンを鳴らしっぱなしで走っていたらしいですね
古いステレオ試聴用レコードにこの音がわずかですが録音されていました
近年は、大井松田あたりだけ鳴らしていたという話も聞きます

http://www.tkcity.net/~ncc1701/main.htm

[458] 近鉄特急 南野哲志 2002/05/20(月)7:34 [メール]
さっしい様、皆様、こんにちは。南野です。
最近は本業があまりにも忙しくて、HPは拝見させて頂いてますが、なかなか書き込みできなくて...
拙HPも僅かの更新が限界と言う感じで...

近鉄特急拝見です。
この写真は三岐鉄道へ起こしの時に撮影されたものでしょうか?
今はこの12200系も更新され前面の特急マークも無くなり、さらにACEの増備で減っていくのでしょうね。
北勢線も廃止されてしまうのでしょうか。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~n-craft/index/hobby/sangitop.htm

[459] う゛ぅ・・・、疲れた・・・。(自業自得) に〜みや 2002/05/20(月)13:44 [メール]
 さっしいさん、どうも。昨日夕方の高速(拘束?)バスで徳島から帰って参りました。
さすがに疲れました。まぁ、自業自得ですけどね。(苦笑)
 土曜は天気予報では悪い予報でしたが、朝から意外と晴れ間が出ていたので朝1番の下りは
逆光になるので諦め、その折り返しの2号はバック運転なのでどうでもいいや・・・という訳で
9:33板野発の普通列車で阿波川島に向かいました。佐古で徳島線に乗換える待ち時間の間に
2号が来るのでとりあえず佐古駅の入線を撮り、それと入れ替わりに徳島を出てくる穴吹ゆきで
阿波川島へ。炎天下を川島の駅から早足で20分も歩いて、試運転の時から撮影している
ポイントへ。キハ47の2連の普通列車や、キハ185系の特急「剣山」等を撮り、パンと
お茶等で昼食。場所確保の為、もう夕方までここを離れる訳にはいかない。ヒマつぶしに持参
したバナナやクッキーを食べ、ついでとばかりに1000系の普通列車も撮影。田んぼの水面に
映る列車はなかなか良い感じ。
 下り3号を撮影。うまく撮影できたかな?ドレンを吐かないのがちと残念だが・・・。
上りの4号は編成の後ろ側を撮る事になるが、場所を動く訳にもいかないのでそのまま編成の
ケツを撮る事にする。12系のバックサイン付きもまた良いか???
 午後の5号は一番光線状態も良く、これが言わばメイン・イヴェントだ。煙を吐きながら
築堤を登るC56が美しい。出来ればドレンを吐いて欲しかったし、カマの焚き方が完璧に
うまいのか、煙突から出る煙が白煙で、少し煙が物足りないのだが、機関助士のウデが良いので
文句を言う訳にもいかないかなぁ・・・。シャベル1杯分だけ余計にくべてくれれば・・・。
 夕方、折り返しの6号は曇ったので機関車側から狙う。暗かったのでうまく撮れたかどうか
自信がない。もうフィルムは昼休みにプロラボへ出したので、あとは祈るだけしかできないが。
 とにかく、C56を堪能して参りました。良かったです。でも、疲れました・・・。


[460] 1週間って早いですね さっしい 2002/05/24(金)19:56 [メール]
先週は、恒例のトップ画像の更新に合わせて、トップページ自体もマイナーチェンジしてみました。本編のページの改良の方は、計画ばかりでなかなか進みませんが、まぁ気長にお付き合いください。ちなみに「新しいページもどんどん増えます」というテロップは、おこがましいので削除しました。素材はいくつかあるのですが、う〜ん、気力が…

▼に〜みやさん▼
なるほどね、弁慶も諸葛孔明も国民的英雄というわけですな。弁慶の伝説はいたるところで見受けられますが、弘法大師とか役行者あたりも、全国津々浦々、こんな所まで?と思われるような場所にも、そこに来たという伝説があったりしますよね。史実よりも信仰が優先されたりしているのでしょうか。相変わらず精力的な鉄道趣味、お疲れ様でした。

▼RREさん▼
毎回、更新前の最後の姿をご覧になってくださるようですね。土曜の夜、もう少し後にもう一度覗いていただけると新しい画像が見られるのですが、時間が一定していないので、二度手間を考えると、夕方に見ていただくのがちょうどいいのかな。ロマンスカー車内の日東紅茶のアイスティーは、以前はグラスに砕いた氷が浮かべられ「走る喫茶店」という看板どおりのイメージがあったのですが、この前乗ったときは缶紅茶じゃなかったかな? 記憶違いだったらごめんなさい。

▼aatwさん▼
「ピンポンパンポ〜ン、パンピンポンパ〜ン♪」とでもいいますか、耳に残る響きでしたよねぇ。あの音が近づいてくるとワクワクしたものです。でも確かに沿線住民にしてみれば、いつもいつも聞かされて騒音公害とも思われるのでしょうね。なんせ工事進行中の高架線にも執拗に反対する沿線でもありますし。名鉄のミュージックホーンの太い音もなかなか好きなんですが、小田急のほうがハイセンスというイメージかなぁ。

▼南野哲志さん▼
お仕事大変だとは思いますが、お忙しくて何よりです。先日の新聞に、その技能の通信講座の宣伝が載っていましたが、需要に比して技術者が不足しているそうですね。お忙しいわけですね。個人的には憧れる仕事でもありますが、さまざまなご苦労があることと思います。自分は、歴史博物館などにあるジオラマのようなものを製作してみたいと思っていました。実現はしそうもありませんが。
近鉄の写真は、またまたいい加減なものですが、これも北勢線だけでは近鉄ファンに申し訳ないと思ったもので…。お察しの通り、このあと三岐鉄道を訪ねました。それもまたいずれ。

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[461] 岳南鉄道アップのご案内 碧電みやさま 2002/05/25(土)14:36 [メール]
こんにちは。今日の大阪は抜けるような青空になっています。空気もすがすがしく、うちの中にいてはいけないくらいです。

約1週間がかりで制作していた「岳南鉄道」が最後の追い込みになっていましたので朝からPCに向かっていたのですが、今回は新駅の開業になりますのでリンクの修正個所が多く、結構手間がかかってしまいました。

制作中はさっしいさんのページも改めて拝見し参考にさせていただきました。小田急の旧型車が走っているときに行きたかったのですが、元東急5000系に置き換えられた直後でした。その5000系も元京王3000系の7000形に置き換えられているんですよね。

今回もさっしいさんのページを文中でリンクさせていただきました。お時間のあるときにでもご乗車をお待ちしております。(アドレスは"HOOPS"のサブエントランスです。)

http://users.hoops.ne.jp/hekiden/

[462] 近鉄12200系 拝見! RRE 2002/05/25(土)18:32 [メール]
さっしいさん 今晩は!
 
今回も今週画像の更新前に、際どく間に合ったようです。
近鉄名古屋線は、名古屋から桑名、四日市、津と三重県の主要都市を結びますが、私鉄らしく
クネクネした路線でカーブが多く、特急でも何度も加速・減速を繰り返すのがまた趣があって
好きな路線です。
大阪線と名古屋線を乗り継ぐ場合は、特急券は一度の申し込みで簡単に発券され、指定座席
も両線とも大概は同一車両の同一座席なので、伊勢中川駅のホームを降りて反対側に停車
している車両までほんの数秒で乗り換えできる所が便利です。
一昔前まではあの偉大なる超ローカル線と思っていた関西線や紀勢線に、今やショートカット
する快速「みえ」が一時間ヘッドで走り、近鉄名古屋線の乗降客数も落ち込む一方であるとは、
信じられませんね。

なお、本日は↓の「碧電みやさま」さん記載の通り抜けるような青空で、久しぶりに次回の
アップの準備も忘れて、能勢電鉄に行って来ました。沿線はびっしりと宅地化され、のんびり
したローカルムードが味わえるのは終点の妙見口あたりのみとなっていました。

「碧電みやさま」さん(何か呼びにくいですね)サイトの”岳南鉄道”は、さっしいさんの
ページと同様、見所・読み所たっぷりで、楽しく拝見させていただきました。

http://users.hoops.ne.jp/r2e

[463] レス御礼 碧電みやさま 2002/05/26(日)23:31 [メール]
>RRE様
初めまして、レスありがとうございます。

>「碧電みやさま」さん(何か呼びにくいですね)

「みやさま」と呼ばれることがよくありましたのでそれがHNになりました。時々2重敬称
のご指摘をいただきますが、単純に「みやさま」で結構です。

>見所・読み所たっぷりで、楽しく拝見させていただきました。

まさかこの年になってネットを通じて皆様に公開しようなどと考えてはいませんでしたので
中途半端な写真ばかりですが、お褒めいただき光栄です。
貴サイトにもゆっくりおじゃまさせていただこうかと思います。

拡大画像をご覧いただく度にアクセスカウンターが飛び出し(しかも数字が上がり・・・^^;)
皆様にはご迷惑をお掛けしたことと思います。拡大画像を別ウインドーで表示するように改め
ましたので現在は解消しております。




[464] マジで限界・・・。 に〜みや 2002/05/29(水)11:52 [メール]
 さっしいさん、どうも。どうも少し調子に乗りすぎたようで・・・。再び体調が悪くなって
昨日の朝方(4:00頃)救急車でまた病院に担ぎ込まれる始末・・・。仕事が殺人的に忙しく、
ストレスで完全に胃をやられてしまって、自律神経もうまく機能してない様子。何とか今日は
出社したものの、ドコまでもつか・・・。

>なるほどね、弁慶も諸葛孔明も国民的英雄というわけですな。弁慶の伝説はいたるところで
>見受けられますが、弘法大師とか役行者あたりも、全国津々浦々、こんな所まで?と思われる
>ような場所にも、そこに来たという伝説があったりしますよね。史実よりも信仰が優先され
>たりしているのでしょうか。相変わらず精力的な鉄道趣味、お疲れ様でした。

 ちょっとやり過ぎでしたね。(反省)しかし、仕事がどうしても1人ではさばき切れず、かと
言って人を増やしてくれる見込みはまるでなく、更に言えば実務が出来るのは私独りだけという
最悪の状況・・・。もう、どうすればいいんだか全くわかりません・・・。


[465] 蒸し暑くなってきましたね さっしい 2002/05/29(水)22:34 [メール]
▼碧電みやさま▼
岳南鉄道については、歴史の流れを感じさせるような構成で、きれいにまとめられていますね。小田急から東急、更に京王と、東京近郊の大手私鉄の車輛の展示場のようですね。当サイトの拙いコンテンツも紹介して頂き、ありがとうございます。
ところで「みやさま」っていうあだ名、おそらく皇族の方のような高貴な雰囲気を持っていらっしゃるからではないでしょうか? 以前の職場の同僚にも「殿下」というあだ名の人がいましたが、やんごとなき風貌の穏やかな男でした。僕なんかは、程遠いですが…

▼RREさん▼
近鉄名古屋線は、長島の前後で、木曽川、長良川、揖斐川を越えるあたり、関西本線との絡みがなかなか面白かったようなのですが、近年はすっきりと改良されてしまったようですね。廃棄された橋台などが現在でも放置されているとか…。特急のネットワーク、特に伊勢中川や大和八木での絶妙な接続など、他社には真似のできないシステムで運行されているのが素晴らしいと思います。
能勢電は2〜3年前にはじめて乗ったのですが、すっかり近代化された感じですね。いまや梅田からの直通特急も走っているようですし。でも妙見山のケーブルカーやリフトはのんびりしていて、とても楽しかったです。

▼に〜みやさん▼
大丈夫ですか? 気を楽にしてくださいね。体を壊すまで仕事に振り回されることなんてないんですよ。適度に手を抜くことを覚えていけるといいのですが。仕事自体や、それに関しての自分の立場が辛くて、どうしていいかわからなくなるような状態は、僕も随分経験しました。弱音を吐いちゃったっていいんだし、放り出しちゃったってかまいません。世の中、何とかなっていくのではないでしょうか。真面目に悩むだけが最良の策とは思えませんが。ともかくお大事に。まずは休養ですね。

http://homepage1.nifty.com/sassy/

[467] 美濃町線 西宮後 2002/05/30(木)22:24 [メール]
こんばんわ。市ノ坪の岐阜工場ですね。
モ600形の白帯姿ですね。この頃は美濃町線にも急行が走っていたんでしたっけ?
少し前に旧美濃駅へ行ったのですがモ601とモ512が綺麗に保存されています。
美濃駅駅舎も現役の駅のような飾り付けがなされていたりして、この状態をこれからも保って欲しいものです。

http://isweb40.infoseek.co.jp/photo/nisimiya